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来年こそは

初めまして!

商学部1回生の古賀一成です。

まずは、全日本新人に出場された皆さん、お疲れ様でした! また、コーチやマネージャーさんをはじめ、日頃から支えてくださっている皆さん、本当にありがとうございました! おかげさまで、自分の力を最大限に出し切ることができました!

今回は初めてのブログで僕は長い文章を書くのが苦手でしかも一番手ということで、何をどう書こうか全日本新人の帰りの夜行バスで悩んでいたのですが、今シーズンを振り返ってみようと思います。


僕が関大ボート部で練習を始めたのは、3月の半ば頃でした。最初はシングルスカルで練習していて、マネージャーさんに艇を運ぶのを手伝ってもらうために、新歓アカウントのインスタでマネージャーさんの名前と顔を何度も確認しながら、毎日練習していました。(覚えるのに本当に大変でした笑)

そして、4月の西日本選手権で初めてシングルスカルで2000mのレースに出場しました。とてもしんどかったです。高校では1000mのレースが多かったので、2000mのレースに出られることへのワクワクと、少し嫌な気持ちもありました笑

結果はC決勝で、大学生のレベルの高さと、自分の実力不足を実感しました。もっと強くなろう!と思った大会でした。


西日本選手権が終わった後は、みちおさんが整調、僕がバウでペアに乗ることになりました。「初めてのスイープでペア!?」とびっくりしました笑

でも、意外と乗ることができ、艇のスピードも出てきて、ペアの楽しさが分かりました。あと、みちおさんが「ペアに乗るの楽しい」と言ってくれたこともあって、僕自身も楽しく乗ることができました!

あと、みちおさんには悪いんですけど、初乗艇の時蹴り出す直前まで「絶対に沈するやろなー」と思っていました笑

他にも、美浜に連れて行ってもらって、りょうせいさんの代わりに練習に乗せてもらったりと、初めての経験をたくさんさせてもらった時間でした!


次は、7月にあった関西選手権です。エイトに乗せてもらうことになり、嬉しかった反面、関関戦で勝っていい雰囲気ができてきていたところに、まだ全然スイープができていない僕が乗っても大丈夫なのかな、という不安もありました。乗艇では見える景色がぼやけるぐらい速いスピードで毎乗艇が楽しみだったのが覚えています。試合でもA決勝に連れて行ってもらってこの調子でメダルも狙えるとも思ってましたが、結果は5位で、悔しい結果となりました。それでも、4回生がいない中、経験者も少ないチームで決勝まで進めたことは、本当にすごいことだと思いました。改めて、すごい先輩たちに支えられているんだなと感じました。


次の大会はインカレでした。僕は対抗クォドに乗せてもらうことになりました。高校時代には戸田でレースをしたことがなかったので、初めての戸田ということもあり、高校の同期や先輩など、いろいろな人に久しぶりに会えるのが楽しみで、ずっとワクワクしていました!

しかし、レースでは悔しい順位ばかりで、ここでも自分の実力のなさを改めて痛感しました。


そして、今回の全日本新人では、そうたとのダブルで出場しました。そうたはダブルでレースに出たことがなく、僕もボートの試合でダブルでレースに出たのは1回だけ。さらに、整調を務めるのも初めてだったので、不安しかありませんでした。それでも、これも経験だと思い、2人で試行錯誤しながら練習を重ね、レースに挑みました。

戸田に入ってからは、レースの2日前にしょうもないことでコーチを壊してしまい、本当に泣きそうになりました。幸先が悪いなーと思いながら予選に挑みましたが、なんとか通過することができました。

そして、準々決勝。2着に入れば次に進めるというところで、2人とも謎の喉痛になってしまいました。万全ではない状態でレースに挑み、結果は3着。

ゴールした瞬間は、本当に今持っている力を全部出し切っていて、しんどすぎて体を起こすこともできませんでした。そうたが「救急隊近づいてきた」みたいなことを声かけてくれるまで、自分の息と心臓の音しか聞こえず、意識が飛びかけるくらい、すべてを出し切ったレースでした。

それでも3着。またC決勝に回ることになり、ほんっっとうに悔しかったです。もうC決勝は見飽きました。


この冬で今シーズンの悔しさを忘れず選手としても人間としても一回り、二回り成長して、体調管理もしっかりしてもっと強くなります。そして、来年こそは、すべての大会でA決勝に進めるような選手になれるよう試行錯誤し努力します。


拙い文章ではありましたが最後まで読んでいただきありがとうございます!次はもう少しまとめれるように頑張ります。

コメント

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