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感謝と最後のCOX論

お疲れ様です。102代森合一樹です。


まずは、今シーズンここまでご支援・ご声援くださった全ての方々、誠にありがとうございます。

そして今シーズン結果が残せていません。また、全日本選手権も今年はレベルに達していないとの判断により出場出来ませんでした。最上回生として責任を痛感しています。

現役部員の皆んな、不甲斐ない姿を見せて本当にごめん。ご支援・ご声援くださっているOB・OGの皆さまや大学関係者の方々。皆さまのご期待に添えない結果となっていること、大変申し訳ございません。

時間は残りわずかですが、最後の一瞬まで「インカレ入賞」に向かって改めて全力を尽くす覚悟です。

これからも応援のほどよろしくお願いします。



ラストブログは書きたいことを書けるラストチャンスなので

①関西大学漕艇部

②COX

③最後に

の3部構成で書こうと思います。

ダラダラ書いたので飽きると思いますが、許してください。



①関西大学漕艇部

歴代の先輩が時系列で振り返っているものが多いので自分は乗った場所ごとに振り返ろうと思います


愛知池

ここは某企業の練習参加をさせていただいたことで数回だけ乗艇しました。正直な感想は慣れない水域の中、艇速が段違いで速く、ビビりまくって何も出来ませんでした。特にピッカピカ8+に乗らせていただいた時は危うく船折るところでした。本当に申し訳ありません。ただあの経験が自分とチームの実力を再認識する機会になったことは間違いないです。とても良い財産になりました。


加古川

大会の時期としても環境としてもあんま良い思い出ないです

ただ初めてCOXとしてレースした場所でもあります。思い出すのは横風強すぎて待機水域ですぐ流されたことと初COXでブイパコ祭りしたこと、クッソ寒すぎ+トイレちょー我慢でアップから死ぬかと思ったことなどです。

23年の宿舎が水洗ではなくボットン便所だったことも追記しておきます。

今年はもう行かなくていいので、念願の学祭に行きます。


瀬田・琵琶湖

2023年朝日レガッタ/同志社大合同練で乗艇しました。

やはり忘れられない思い出は朝レのM4+3位です。準決出た大学で最下位のタイムだった予選・ドキドキしながら関学と戦った準決・全艇並びすぎて勝ったのか負けたのかもよく分からなかった決勝。

準決1位や決勝で3位が確定した瞬間大喜びしたことは未だに忘れません。創部初の4+表彰台という歴史に貢献できたことは今でも誇りです。

西日本/朝レで今までやってきたことに自信がつきました。

能登を荷物運ぶ台車に乗せて坂から落としたら川に落ちかけたのクソおもろかった。


戸田

何回も合宿と大会で行きました。

合宿は他大の人たちと一緒に練習したり、ご飯食べに行ったりしてとても刺激になり良い思い出ですが、特にレースでは正直良い思い出は全くと言っていいほどないです。

2年前のインカレはそこまで乗ってた対校に乗れず、4×が目の前で喜んでいる姿に悔しくなり、去年のインカレも対校種目が4+→4-に変わって乗れず早々に敗コロし、無気力になりながら夜1人で荒川を歩いたのをよく覚えています。

埼京線と聞く度に戸田のレースを思い出し、鬱になるぐらいです。

最後のインカレは、クルーはありませんがそれら全て晴らしにいきます。


海の森

自分のボート人生(?)を変えられた場所です。2023年/24年の全日本選手権M4+で行きました。

23年では初めてのレースであまりにも何も出来ず、ショックになっているところで陽二郎さんから1時間弱ガン詰めされたこと(自分が悪いです)、そこからなんとかC決勝で1位になって喜んだこと。

24年では最終日はいけたものの毎レースで他大学の出力にどうしてもついていけず悔しかったこと、風ヤバすぎ/波高すぎで橋下で止まりかけたこと、2年連続で陽二郎さんとCOX論について意見をぶつけ合ったこと。20年ぶりにオ◯ツ履いてレース出たこと。

今年は実力が足りなくて行かせてもらえず、初めて大阪からレースを見ましたが、遠く離れたところで死ぬ気でレースしてる選手がとてもキラキラして見えました。

海の森では、ボートとは・勝負するとは・アスリートとはなどボート競技をする上で様々なことを学べた夢のような場所でした。


浜寺

大会や合宿で何回も行きましたが、思い出すのは西日本/関選です。23/24年のM4+で3位をとった西日本と24年関選で4位に終わったことは忘れません。ゴールの瞬間大喜びした23年西日本・安堵した24年西日本・あまりにも悔しくて言葉を失った24年関選。

あとは23年浜寺合宿での◯口と船台から海に落とされたこと。

良い事も悪い事も今では良い思い出です。

毎度の塩抜きめっちゃめんどかった。


神崎川

言わずもがな死ぬほど通った場所です。

飲み会大学生を横目に朝5時半に集合して乗艇。

乗艇後は飯食う⇄大騒ぎ⇄寝るの永遠ループ。

大雨の次の日は藻と流木の大量発生。たまにヤバいものが流れてくる。電車の音で何も聞こえなくなる。大阪のど真ん中流れてるから水も魚もクソ臭い。陸で謎の演歌を大声で歌う人も現れる。冬は朝寒すぎて日の出が天国に見えてくるし、夏は暑すぎてみんな上裸になる。

ミーさんは誰もモノ捨てられないから散らかりまくり。2年前は男子が常にベッドで戦争してイエスキリストやらされてた人もいた。

でも練習や艇庫で死ぬほど笑ったし関関戦で負けた時は死ぬほど悔しかったし勝った瞬間はそのまま川に飛び込めるほど喜んだ。

辛いことが9割5分でしたが、本当に良い思い出ばかりです。



ここからまだまだ長いですが、色々感謝を書きたい人がいるので書いていきます。


・家族

あまり言う機会がなかったですが、ここまで育ててくださりありがとうございました。そしてここまで様々な面で支えてくれてありがとう。この漕艇部で2度と経験出来ないような充実した日々を過ごせました。いよいよ学生も終わり社会に出ていく時間も迫ってきていますが、より自立していけるようあと半年よろしくお願いします。


・他大学・実業団の方や大会関係者の皆様。

大会や合宿に行った時にしか会えませんし面識がない人がほとんどでしたが、一緒にレース・練習してくれた全ての方々、ありがとうございました。

特に立教大学ボート部さんには2回の合同練や私たちの戸田遠征などで大変お世話になりました。

もう卒業してしまった人もいらっしゃいますが、関わってくださった方々、ありがとうございました。(たくやさん元気にしていますか⁉︎)

また、大会を実施するにあたって私たちのために準備を行い、円滑に進めてくださった大会関係者の方々。

ありがとうございました。


・大学関係者・カンスポの方々。

日頃より私たちの活動をサポートしてくださりありがとうございました。

また、カンスポの皆さんには毎回遥々取材しに来てくださいました。ボートというマイナーなスポーツに興味を示し、精力的に取材・記事を書いてくださりありがとうございました。


・高宮監督・陽二郎さん・松田さん・清水彩夏さん・今健さん

長い方では約3年半、ここまで育ててくださりありがとうございました。自分は異常なまでに我が強く、クソ面倒くさい捻くれ者だったと思います。説教された時は数知れず。特に、陽二郎さんから海の森でCOXについて言われた話は忘れません。あそこで自分の未熟さに気づきました。

真剣に向き合ってくださりありがとうございました。

彩夏さん、いつか部屋の掃除します。


・OB・OGの方々

ここまで関わってくださりご声援をくれた全ての先輩方、ありがとうございました。そして迷惑ばかりかけてしまい申し訳ありませんでした。

本当は全員に一言ずつ書きたいところですが、永遠に終わらなくなるのでピックアップして書きます。


まずは同じCOXだった詩織さん、藤尾さん。

読んでくれてますかね?笑

ライバルと言いつつ自分は失礼ながら同志のような感覚で、自分がCOXになってからはとても多くのことを教えてもらいました。ここでは書けないほど自分の悪いところを出した時も長い時間をかけて相談に乗ってくださり本当にありがとうございました。(特に詩織さんは次の日練習がある中、夜中の2時にLINEして本当にすみませんでした)

同じ立場だからこそ分かるCOXのやりがい/辛いこと・中々他の人には理解されづらいこと、色々あったと思います。それでも練習中弱音を吐かず真摯に向き合う姿勢は自分も見習わなければいけないところでした。

ありがとうございました。それぞれの場所でこれからも頑張ってください。


続いて未だに戸田にいる佑介さん。

ひとまず佑介さんとの約束通り最後までやり切れそうです。

今でもいきなり夜中に電話してきて近況は聞いてくるのに実際会うと雑な対応の時も多いですが(笑)、目標に向かって愚直に練習に取り組む姿勢や考え方はとても参考になり間違いなく自分の財産になりました。また、相談した際には真剣に向き合ってくださりました。

本当にありがとうございました。


最後に巧さん。

お互いが大学に入る前に、同じミスチルのライブに行ってたなんて…運命ですね!(どーでもいい)

西日本・朝レ・全日本・関関戦・関選 

1年半しか被ってないのに改めて考えてもだいぶ一緒に乗ってますね。

一緒に喜べて本当に楽しかったです。

巧さんが病気から戻ってくる時、1年生だったのにも関わらず頼ってくれてありがとうございました。

新卒で大変な時期に無理に102代のコーチをお願いしてすみませんでした。あと入社3日目にディアブロでインフルもうつしてごめんなさい。(◯かりちゃんにも)

巧さんには何度感謝述べても表しきれません。

思い出をいちいち書くと一生止まらないのでそろそろやめますが、いつかまたミスチルのライブ行きましょ!!

P.S. 新歓PVのfanfare、最高でした!



現役部員


マネージャー

正直な話をすると、日々マネに支えられていると実感したのは2年生の西日本や朝レ、全日本らへんです。1年間気付けませんでした。マネにサポートしてもらえて気持ちよく活動出来ていることに対して、知らぬ間に当たり前だと誤解し常に甘えていました。当時のマネージャーが何人このブログを読んでくださっているか分かりませんが、大変失礼なことをしたと反省しています。申し訳ありませんでした。

そして今でもちゃんと理解できているか、感謝を最大限示せているかは自信はありません。

改めて普段の練習や試合でのサポートなど、本当にありがとうございました。

最後インカレまでよろしくお願いします。


選手

1年生(105代)

大勢の人が入ってくれて改めてありがとうございます。さあ皆んなは僕のことをどう思っているのでしょうか?ネジ外れたやつだと思われてると予想します。

自分はもうすぐ終わりですが、皆んなは今からスタートです。これから色々経験して、オンリーワンの関大漕艇部での歴史を作っていってください。期待してます。

ちなみに僕の最初で最後のttは8:05だった気がするのでご安心を。

P.S. 渡邉太陽くん。敬語を使いましょう。


2年生(104代)

104代男子ロー諸君。

先輩には最低限の敬語は使いましょう。先輩を「おい」と呼んではいけません。いきなり先輩を集団リンチしてはいけません。体幹トレの時キツイからって先輩蹴ってはいけません。

104代は103代の部員が少なく、即戦力になってもらうためにハードルの高いことを求めました。とても大変だったと思いますし、イライラしたと思います。それでも歯を食いしばってついてきてくれてありがとう。

来期103代が目指すチームを体現するために、「2回生」の力はとても重要です。また、男子ローは104代が引っ張ることになるでしょう。

男子ロー/女子ロー問わず、103代のサポートをしてあげつつ目標達成の為に努力し続けてください。


3年生(103代)

3年近く一緒に頑張ってきてくれて本当にありがとう。そして色々と迷惑かけてごめん。

まずは一緒にインカレ頑張ろう。でもインカレが終われば皆んなのチームです。皆んなのやりたいチームに出来ます。しかし、そこには責任も伴います。それは最上回生としての運命です。

大変なことの方が多いと思いますが、どんな時でも忘れないで欲しいと自分が思ってることは「目標達成の為に真剣に取り組むこと」。どれだけ失敗しても、皆んなが真剣になれば後輩はついてきます。逆に最上回生が諦めたら終わりです。

どんな目標を掲げるかは分かりませんが、楽しむ時は楽しんで、真剣に取り組む時は取り組んで頑張ってください。

あっ、艇庫は4年間でそこそこ整備したつもりなのでこれからもキレイにしてね!(協力してくれた人、ありがとう🙇)



最後にこのチームの将来について、箱根駅伝のとある大学の話をさせてください。


今年國學院大学は、総合3位でした。

2011年、初のシード権(10位)を取った時(寺田交差点と呼ばれる事件が起きた年)は、監督の前田康弘さんは選手がゴールした瞬間、運営管理車(選手を後ろから追いかけ声掛けするための車)の中で嬉し涙を流していました。

5年前(2020年)も3位でした。その時は創部史上最高成績であり、目標を達成したこともありここでも嬉し涙を流していました。

でも今年は違いました。もう3位で喜ぶチームではなくなったのです。「歴史を変える挑戦」と題し、平林主将(当時)を中心に本気で初優勝をチーム全員で狙いにいきました。実際前哨戦の出雲駅伝・全日本大学駅伝は優勝しました。

それでも箱根駅伝総合優勝はあと少し届きませんでした。

前田監督は、直後の報告会で悔し涙を流していました。



関西大学漕艇部もこれから5年10年成長していってほしいと思います。今回のインカレがどのような結果になるかは分かりません。勝つかもしれないし全艇負けるかもしれない。もちろん入賞のために最後の瞬間まで全てをやります。それは変わらない。

でも、102代が引退し次の代が引っ張っていった時、もっとチームとして成長していってほしい。そして、あと何年かかるか分かりませんが、いつか102年かけても誰も成し得なかったインカレ優勝に誰か辿り着いてほしい。


M8+・W4×インカレ優勝。


もちろん、現状足りないものは多すぎると思います。でも真剣に目指してやっていけばいつか出来ると思います。


甘い夢だと誰かがほざこうとも。


信じています。



②COX

言いたいことは分かってます、長くなってます。ここまで読んでる人いますかね?笑


でもCOXについて書きたいとずっと思ってたので、自論を赤裸々に書こうと思います。(と言いつつ3年しかやっていませんが)

ディープな世界で意見の押し付けみたいな感じにもなりそうですが、やってる人もやってない人もぜひ。


まず3年間COXをやってきた感想から。

始める前は「言葉」で人を動かすことがこんなに難しいのか、これほどまでに責任の重いポジションなのか、いかに事前の「準備」が大切か、だからこそ勝った瞬間のやりがいが大きいのか知りませんでした。

COXは常にクルーボートしか選択肢がないので、「人」と向き合わないといけない。自分にとっては想像を遥かに超えるほど難しかったです。



「ローイングの志」のCOX特集で良い言葉を見つけました。


「響け、この声よ。響け、この心よ。」

COXは、言霊とスピリットを操る戦士なのです。


COXはこの言葉に尽きると思います。



COXは絶対必要なポジションではありません。

COXがいなくても漕げば艇は進みます。現に8+以外はなし艇種目があります。


でもわざわざ55キロor50キロを艇に追加してまでCOXが乗る意味は何でしょうか?

それは、漕手やクルーが持つ実力を1割でも、1%でも引き出し、艇速に繋げ、勝利に導くことと自分は思います。


他のCOXと話していると、なかなかお互いが理解し合えず苦労している人も見かけたことがあります。現に自分もその1人でした。(自分が悪かったことも多いのですが)

これはCOX以外には理解されにくいと思いますが、COXはチーム内での人数がそもそも少ない+乗艇したら1人になるので相当孤独だと思います。


また、チーム状況によっては対校クルーに乗れる実力はあっても乗れなかったりします。ここまで読んでいる人が少ないと考えて正直に書きますが、自身のことだけを考えれば1年前戸田でリベンジを誓いここまでやって来たのに、こうやって最後の最後COXとしてクルーに乗れなかったことはほんとうに悔しいしやるせない気持ちです。クルー決めに関わったのでチーム事情は十二分に理解しその責任を感じつつも、COXというポジションを恨んだほどです。


しかしCOXの存在意義は声を使って漕手の心に響かせ、勝利に導くことだと思っています。自戒の念も込めて。

その為にコール・舵取り・リギングチェック・体調管理・艇のメンテナンス・艇庫管理・天候チェックなどの「準備」を積み重ねているのだと思います。それはクルーに乗らずともです。


これから、関大問わず未来のCOXが、チームの戦士として1人でも多くの仲間の「心」を響かせていることを願っています。


最後に艇速1センチメートルさんがXの質問箱でおっしゃっていたことを引用させていただきます。


COXとして1番必要な能力は

「勝ちへの執念」

です。



③最後に・・・

物心ついてからどんな時も自分の心の支えだったMr.Childrenの曲を毎ブログ紹介してきました。

最後に紹介したい曲は、1年生の時からラストブログで書くと決めていた曲です。

この曲は知っている人も多いと思いますが、今の私達にピッタリじゃないかと思います。



この関西大学漕艇部で、自分は唯一無二の経験をし、人としてとても成長させてもらえました。

今まで関わってくださった全ての方々、今までありがとうございました。


102代

森合一樹



終わりなき旅(Mr.Children)


難しく考え出すと 結局全てが嫌になって

そっとそっと 逃げ出したくなるけど

高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな

まだ限界だなんて認めちゃいないさ



閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて

きっときっとって 君を動かしてる

いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしよう

もっと素晴らしいはずの自分を探して


胸に抱え込んだ迷いが プラスの力に変わるように

いつも今日だって僕らは動いてる

嫌な事ばかりではないさ さあ次の扉をノックしよう

もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅

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