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投稿

ボートを続ける理由

  こんにちは。バイトをしていない一人暮らし1回生漕手の魚井颯太です。いいバイトを紹介してください。レポートや課題ではAI使ってるけど、ブログでAI使うのはさすがにださいと思ったので頑張って考えて書きました。 あと最近、身長が180センチあるのに皆に180センチもないと思われてるのが不服です。関大の健康診断で身長180センチって結果でてるのに 僕は高校でボートを引退してもうボートは続けないつもりでした。 でもボート部の新歓がめっちゃ派手でした。ただ飯と書いてあるボードをぶら下げた人が歩いているのを見て、めっちゃ変な部活で入る奴おるんかなと思いました。だけど楽しそうだなと思ってしまいました。 そしてあおいさんの猛烈なアプローチによってただ飯会と試乗会に行く事になりました。ボートにはあまり良い思い出がなかったけどもう一度頑張ってみるチャンスなのかなと感じました。 そしてボート部に入部しました。最初の新人指導の時にミーさんでオールバックの変な奴🟥🟩に変なノリで絡まれて困ったことが記憶に残ってます。 そして僕は最初、トレーナーをすると言ってました。だけどいざ漕手になってみると思っていたよりも楽しいです。いつでもエルゴを漕げるし、いつでもPG💪に行ける環境は自由で最高だと思います。ですが、自分を律しないとすぐサボってしまう環境でもあると感じました。 大学ボート生活記念すべき最初のレースの浜寺杯では、試合会場に向かう時に田中煌大のせいで訳のわからない駅で降ろされて漕艇センターまでまあまあ歩かされました💢。レースはトーマスと僕含めて経験者2人乗ってるしメダルはいけるやろと思ってたけどなんか4位でした。 そして夏になりました。そこで初めて松の屋と出会いました。運命の出会いでした。550円の朝得ロースカツ定食を券売機で注文し、コップすれすれに入れた水をテーブルに配置。番号が呼ばれるとすぐに席を立ち、受け渡し口でクーポンと引換にタルタルソースまたはコロッケを入手。にんじんドレッシングを大量にかけたサラダとタルタルソースをかけたロースカツ一切れでご飯大一杯を平らげる。ご飯のおかわりに行くついでに水もおかわり。タルタルソースがなくなったら中濃ソースとからしをつけて、残りのロースカツ4切れと味噌汁で2回ご飯大のおかわりをします。最近、松の屋クーポンで良いものがきていないので良...
最近の投稿

来年こそは

初めまして! 商学部1回生の古賀一成です。 まずは、全日本新人に出場された皆さん、お疲れ様でした! また、コーチやマネージャーさんをはじめ、日頃から支えてくださっている皆さん、本当にありがとうございました! おかげさまで、自分の力を最大限に出し切ることができました! 今回は初めてのブログで僕は長い文章を書くのが苦手でしかも一番手ということで、何をどう書こうか全日本新人の帰りの夜行バスで悩んでいたのですが、今シーズンを振り返ってみようと思います。 僕が関大ボート部で練習を始めたのは、3月の半ば頃でした。最初はシングルスカルで練習していて、マネージャーさんに艇を運ぶのを手伝ってもらうために、新歓アカウントのインスタでマネージャーさんの名前と顔を何度も確認しながら、毎日練習していました。(覚えるのに本当に大変でした笑) そして、4月の西日本選手権で初めてシングルスカルで2000mのレースに出場しました。とてもしんどかったです。高校では1000mのレースが多かったので、2000mのレースに出られることへのワクワクと、少し嫌な気持ちもありました笑 結果はC決勝で、大学生のレベルの高さと、自分の実力不足を実感しました。もっと強くなろう!と思った大会でした。 西日本選手権が終わった後は、みちおさんが整調、僕がバウでペアに乗ることになりました。「初めてのスイープでペア!?」とびっくりしました笑 でも、意外と乗ることができ、艇のスピードも出てきて、ペアの楽しさが分かりました。あと、みちおさんが「ペアに乗るの楽しい」と言ってくれたこともあって、僕自身も楽しく乗ることができました! あと、みちおさんには悪いんですけど、初乗艇の時蹴り出す直前まで「絶対に沈するやろなー」と思っていました笑 他にも、美浜に連れて行ってもらって、りょうせいさんの代わりに練習に乗せてもらったりと、初めての経験をたくさんさせてもらった時間でした! 次は、7月にあった関西選手権です。エイトに乗せてもらうことになり、嬉しかった反面、関関戦で勝っていい雰囲気ができてきていたところに、まだ全然スイープができていない僕が乗っても大丈夫なのかな、という不安もありました。乗艇では見える景色がぼやけるぐらい速いスピードで毎乗艇が楽しみだったのが覚えています。試合でもA決勝に連れて行ってもらってこの調子でメダルも狙えるとも思ってまし...

私が選んだ正解

103代主将の宮前千洋です。 まず初めに、いつも関西大学漕艇部を応援してくださっている皆様に心より感謝申し上げます。 とうとう、ラストブログを書く学年になりました。 きっと長いです。書ききれな程いろんなことがあって、思い出しきれないほどたくさんの思い出が詰まった4年間です。 最後に私が主将として、できることは私が感じてきたことを残すこと。 長いかもしれないけど、一言でも一文でもが大切な部員へ、これまで支えてくださった方へ届いたらいいなと思って書きます。 ボートとの出会いは小学生?でした。 小学校の前にある川でいつも高校生が練習をしていて「おーーーい!」と橋の上から声を友達とかけていたのが最初の出会い。 そこから地元の高校に入学。当時はコロナ禍真っただ中だったのですべての部活動紹介が映像で、直接先輩方の姿を目にすることはできませんでした。 ただ、そこで一糸乱れぬボート部の映像が私の目には驚くほど輝いて映って、周りは「ボートはかっこよかったけど、入るのは・・・」という雰囲気の中体験入部に行くことを決意します。 ボートという未知のスポーツに飛び込むこと、それが安定志向の私にはとてもハードルが高かった。でも初めて映像を見た時の感動や体験入部で感じたここなら大丈夫かもしれない。この仲間たちなら一緒に頑張れるかもしれない。そんな直観を信じてみたくて入部を決意します。 (そしてここで3年間同じクラスであり7年間のボート人生を共にする心菜と出会います笑) 高校時代は本当に毎日に夢中。「一生懸命」以外の言葉は知らないのか?って思うほどの偉大過ぎる仲間に出会えて、そんなみんなと頑張れるあの時間が大好きでした。インターハイでも賞状をもらったり、近畿ではほぼ負けなしだったあの環境はきつかったけど楽しかった(笑) 性にあったコックスを入部から引退までやり遂げて多くの人と出会えて本当に私という人間を形成してくれた3年間。引退レースでもうやり切った!ボート人生終了!と雲一つない青空を見上げ引退。あのときの私はその数か月後に神崎川に足を運び、あと4年のボート生活が待っていることは全く想像していませんでした。 「振り返り」 今でも忘れません、高校卒業後まだ実家にいたころに高校の2つ上の先輩である101代のかほさんからの1件LINE 「朝日レガッタのコックスが怪我して足りてなくて、助っ人で出てくれない...

可能性を信じる

お疲れ様です。 103代、副将の太田心菜です。   私の一日は、朝5:30からのメトロノーム74bpmで始まります。   リズム音痴の私が、バーピーテンポを外し変なリズムで数え出し、  70の次を60と数える愛ちゃんを、全員で軽く睨みながら訂正すると言う可哀想な現象が起き、  ストレッチ中、ヨガマットをベット化している智砂ちゃんや茉友加が隣にいて、   ルーティンの鬼と化した菜月が、半年間同じ曲を流し続け、自然と韓国語の歌を覚えてしまい、  乗艇が終わると、艇庫爆睡仲間のつっきーと実紅ちゃんがいて、   目を擦りながら気合いで起きて、ボートを漕ぎ、帰って、家事をして、寝るというそんな日常でした。  正直そんな日常がなくなると、刺激もないし、何をしたらいいかわからないし、想像もできなくて怖いです。  でも、こんな同じ日々を続けられるぐらいボートは魅力的で、大好きなんだなと心から気づかせてくれます。  そして、神崎にいるみんながその日常に彩りや刺激やらを付け足してくれてるんだなと思っています。 ありがとう。   今日は、そんなみんなへの感謝を込めて正直な想いを書きます。  長いけど時間のある人は見てくれたら嬉しいです。  _____________________   私自身、あと数日で7年間のボート人生に一度終止符を打つことになります。  4年間を振り返ると、想像していた大学生活とは異なり、選択と失敗の連続だったと感じています。  高校時代は、先生方と仲間達に恵まれ、国体・インターハイ共に入賞し、大学ではそれ以上の成績を残したいと思い、競技を続けることを決めました。  大学選びは迷いましたが、2個上の直属の先輩である花歩さんに憧れて、関大に決めました。   マイナスな感情を抱くことも多くありましたが、それでもボート自体は大好きで、「速くなりたい」という気持ちだけは常に持とうとしていたと思います。  時期は覚えてないけれど、SF生がどんどん辞めていって、私も違う場所でしたいなと本気で考えるようになりました。...

反省あれど悔いなし

お疲れ様です。 103代、4回生マネージャーの辻本夏子です。 投稿が遅くなってごめんなさい!! 必死に書いたけど、体力の限界でなんて書いたかよくわからないブログになってしまいました!笑 4年間があまりにも長すぎて、一生書くことがなさそうに思えたラストブログが、ついに自分の番になりました。 が、まさかの私らしからぬ当日執筆‼️ 仕事が忙しすぎて、ラストブログを後回しにしまくり、なんとかなるやろと思っていたら、全然なんともならなくて大したブログも書けずに終わりました笑笑 最後のインカレ、まさかの国艇取れなくて(例年通り電話頑張ったんやけどなぁ)、おそらく人生一大変な遠征に今から行くのだと思うと、 主務として全く引退気分になれずにいます。 こんな時に限って体調も崩すし。 4年間を振り返ってエモい気持ちになることより、みんなちゃんとお風呂行けるかな、艇庫に忘れ物してないかな、誰も熱中症ならんといいな、熱出さんでくれよぉ、みんなが実力出しきれますように、明日遅刻しないでね‼️、試合時間変わったの⁉️とか、そんなことばかり考えています。 多分最後の1秒まで主務として生きるのが私の運命なのでしょう。誰か助けてください。 まぁでも今日ぐらいは、あまりにも長すぎたボート部での4年間をゆっくり(めっちゃ急いでるけど)振り返ってみようと思います。 めっちゃ長いので暇があったら読んでください😣 2023年4月。 受験がうまく行かなくて、4年間という学生生活で何か誇れるものが欲しいなと思っていた私は、たまたまれいさんに出会います。 気づいたら仲良くなっていて、気づいたらボート部の新歓にいました😂れいさんは新歓がお上手ですね!笑入部したあとも、たくさん可愛がっていただきました。 新歓はとっても楽しかったし、そこで出会ったあみさんという偉大すぎるマネの先輩に憧れてしまい、今すぐにでも入部したくなりました。しかし、大真面目な私は、ここに入りたい!と思うと同時に、ここで4年間本当にやり切ることができるのか、と真剣に考えました。 一度入ったらやり切るものだと思っていたから、入部を決めてもいないのに、真面目すぎて一人で早起きの練習なんてしていました。笑 そんなこんなで、散々悩んで散々検討した結果、2023年5月15日、4年間やり切れるだろうと踏んで、晴れてボート部に入部しました。...

自分を見捨てない

「自分を見捨てない」 私は1年前こんな目標を立てました。他の同期はインカレ入賞とか現実味を帯びた目標だったのに。 私の目標を見たある人は「逃げたなこの人」と思ったかもしれません。でも私にはこれよりいい言葉が思いつきませんでした。正直インカレ入賞は私には程遠い実力で、3回生の時、インカレに出場出来なくて頑張っているはずなのに頑張れていなくて、心だけが擦切れる毎日を経た私には自信がまるっきりありませんでした。自分で自分を見捨てていました。だから今年くらいは、ボート人生最後の年なんだから、見捨てないようにしようと決心しました。自分から逃げない。そう心に決めた1年は短いようでとても長く私に降りかかりました。 2回生まではとても楽しく過させていただきました。関選で2位になったり、関関戦に選んでいただいたり、先輩もめーちゃめちゃ面白くて本当に大好きでした。いや、大好きです!!今でもたくさん支えていただいてます。先輩がいたから続けようと思えたし、入ってよかったと思えてるし、これからも人生かけて仲良くして欲しいです‼️‼️❤️‍🔥 だけどここからが地獄でした。一向に伸びないエルゴタイム。正解が分からなくて闇に包まれた乗艇練習。ボロボロに言われたPG。今では思い出と言いたいところだけど、まだそこまで傷は癒えていなくて。 去年のインカレ期間、完全に私の心は折れていました。軽い鬱でした多分あれは。2回生の時に大好きだった4回生たちが引退して、心の支えだった1個上の先輩も退部しました。その後、1番信頼していた同期も居なくなりました。私の周りの人が一気に居なくって悩みができても、落ち込む出来事が起きても、誰にも相談できなくなりました。毎日、意味なくぼーっとする時間、泣く時間、自己嫌悪に陥る時間を2回の秋から1年間、ひたすら繰り返していました。 同期2人は当たり前のように8分カットをし、2年連続インカレに出場しているというのに、私は一生縮まらないタイムと睨めっこしている。なんなら新人指導さえ上手くいかない。 同期2人は主将副将に選ばれていて頼りにされているのに、私はずっとふわふわしていてなんにも役に立っていない。 この3年間は一体なんだったんだ。いや、6年間か(笑)。私には何が出来るんだ。と、とても劣等感に包まれていました。誰の慰めの言葉も響かないくらいに。 何度も辞めようと思ったことは...

澪標

ボートが大好き!ただその理由だけでどこの新歓にも行かず、2023年4月2日に試乗会に行き、ボート部に入部を決めた4年前。今考えると、いい意味でも悪い意味でも行動力えぐいと思います。 読んでくれてるかは分かりませんが、100〜102代の先輩方には「すごい子達入ってきた!」って思われてたと思います。後輩たちにもそう思われてたと思うし、今も思われてると思う。 女子しかいない代はこれまでにないし、マネージャーは引かれるくらいずーっと喋ってるし、我も強いし。 でも、この代がほんとに大好きで、みんなが同期だったから今まで4年間頑張ってこれたと思う!ありがとう! 中学入学した当初、外部でフィギュアスケートを本気でしたいからゆるーい部活に入ろうと決めて、フィギュアをやめた後もズルズル高3までいた料理部。月2回あったらいい方ってくらいまじでゆるゆるやったから、部活というよりサークルみたいな中高時代から一変して、初めての体育会系の部活。 きついことも多かったけど、楽しかった。 どの学年の思い出を切り取っても1番印象的なのは毎年夏休みなので、1〜3年の夏休みの思い出を振り返ろうと思います(誰得?!)。 もし良かったら読んでみてください。この振り返りが終わったあとから本題に入るので、興味ない人はすっ飛ばしてください🤲🏻 1年生 8月20日。男子ローが全然入らんくて、例年より遅い確定新歓を開催してくださった日の夜、たまたま今の同期のマネ5人で何故か艇庫に夜まで残って、タピオカを飲みながらめっっっちゃ色々話しました。 恋バナやったり、高校時代のことやったり。。。 その中でも1番印象的やったのが、100代のラストブログの話。 100代の先輩方がインカレに向けての思いやこれまでの思い出をラストブログで綴っているのを読んで、「うちらはラストブログで何書くんやろー?」「絶対今日のことは書こ!」って、1年やのにそんな話をしてたのを昨日のことのように覚えています🍀*゜ そして今、あの日話していたラストブログを実際に書いているのがなんだか不思議です。 100代の背中はとても大きくて、自分たちもあんな先輩になりたい!と思いつつ、学年が上がるにつれ、それを実現させることの難しさが分かり、より尊敬しました✨ 2年生 2年生は4年間の中でも結構印象的かも。 インカレクルーが発...