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梔子

夏は夏でもお疲れSummer🎶⭐️✨☀️ 4回生マネージャーの黒田柚葉です。今までのブログは猫を被って書いていた記憶があったので最後は自分らしい書き始めにしてみました。長くはなりますが、1回生の頃からの思い出を振り返りながら綴ります。 ♡1年生 私は中学も高校も帰宅部だったので大学で初めて部活に入りました。すごく思い切った決断したよなと今でも思います。当時は向いてなかったら2ヶ月でやめようくらいの軽い気持ちでした。そんな気持ちの表れもあり、入部してから3ヶ月ほどはなかなか奔放な新入生でした。遅刻とか!シフトに×書きすぎたりとか!先輩方にはたくさん迷惑をかけたと思います。本当にすみませんでした泣泣。そんな私が更生して今日まで続けられたのは男子ダブルの専属に付いたことが大きかったと思います。ボートの知識があるわけない18歳の私に鷹治郎さんは船の進み具合とかアドバイスとかたくさん聞いてくれました。最初は適当に躱していましたが5回目くらいでそろそろバレると思って少しずつボートについて勉強するようになりました。善さんはよく体調(メンタル)を崩すので全力ポジティブ‼️で励ましました。そして生意気な1回生の発言をいつも優しく受け止めてくれた杏美さんには感謝してもしきれません。戸田でのラストミーティングでは4回生2人を差し置いて1文字も話せないくらい号泣しました。本気になれていた証かもしれないのでいい思い出ということにしておきたいです。もう3年も経ちましたが今でも写真を見返すくらい大好きで宝物の期間でした♡.*・゚ ♡2年生 たぶん2回生になってから(辞めちゃいましたが)島田と仲良くなりました。後輩のみんなとは違って私たちは同期の選手と仲良くなるのがかなり遅かったので初めて違うポジションの悩みや苦労に触れました。ボート以外のお話とかご飯食べに行ったりー!って友達みたいに過ごせることが増えたのがすごく嬉しかったし、もっと選手の力になれるように頑張りたいと思うようになりました。そして2回生のインカレではまた男子ダブルの専属に付きます。このダブルはジャンケンで練習メニューの周数決めるし、伴走がない日の朝6時くらいに電話かけてきてシフト勘違いして大遅刻したかと大焦りしてたらご飯食べに行こうって誘ってくるくらいめちゃくちゃだったけど私の中ではその全てが大切な思い出です。中学生の頃から仲が良くて何でも言い合える関係な分、少しすれ違っちゃったこともあるけどカンちゃんと一緒の専属になれて良かった!引退してもどこかにオールのお守りつけようね。8割くらいつくってくれてありがとうこれからもずっと大切にしますꕀ‪☆ ♡3年生(前半) この時期に関わりがあった人たちに今すぐ謝罪しに行きたいくらい3回生の前半はかなり尖ってました。部活や業務にも慣れてきて自分なりの意見を持てるようになったこともあって、先輩方の方針に対して必要以上に自分の意見を主張してしまったと思っています。今でももちろん反省してるし記憶から消したいし最悪な過去だけど自分自身と向き合うきっかけになった時期でもありました。この時期を経たからこそ、後輩のみんなが自分の意見を素直に伝えてくれることはとても有難いことだと感じています。自分たちにはなかったフレッシュな視点は部活をより良くするために必要だと思うし、私みたいに伝え方を考えずに主張しなければ先輩を困らせることもないと思います。話しかけにくかったかもしれないけど悩みを打ち明けてくれたり、いろんな意見を聞かせてくれて本当にありがとう;; ♡3年生(後半) 幹部交代してからは全ての行動に責任が伴うようになって気を引き締め直した気がします。こんなにルーズでマイペースな性格の私が学校に提出する書類を担当していいのかなとか思いながらパソコンをカタカタしてました。普段ぜんぜん学校に行かないので千里山まで提出しに行った日に部員5人とすれ違ったときはさすがに驚きました。学業との両立は大変だと思うけどここでしか出来ない経験もいっぱいさせてもらったのでみんなにも残りのボート部生活を思い切り楽しんでほしいなと思っています⟡.·! ♡4年生 全ての大会や行事にラストがつきます。今までなんとも思ってなかった場所や光景も全部特別に感じました。もう終わっちゃうんだなーって!そう思う反面、感傷に浸る暇もないくらい部活の作業に追われることもあり、部を動かしていくことの大変さを実感しました。毎週木曜日の同期ミーティングでは何百もの言葉を交わしたし、時には衝突することもありました。なんとか雰囲気をよくしようって変なことばっかりしてごめんなさい泣。みんながすごく頑張ってるから私も頑張らないと胸を張って同期って言えないかなと思って私なりに全力を注いできました。女子しかいない代なので男子リーダーの2人にもたくさん苦労をかけたと思うけど最後まで一緒に向き合ってくれてありがとう。 ♡4年生(Summer) 最後のインカレは女子ダブルの専属に付きます。練習後にご飯食べに行ったりお泊まり会したり三重にも連れて行ってくれて最高の夏になりました。心菜と菜月が楽しく笑顔で最後まで漕ぎきってくれたらそれ以上の幸せはないです。でも出来れば2人の嬉し涙がみたい!!口ずさみすぎて最近そればっかり歌ってるよって心菜に言われたけど戸田で勝って泣こうゼッ!と思っています⚡️このダブルは私が1回生の頃と学年構成が全く同じなのではるちゃんにとっても大切な思い出になれば嬉しいです。残り1週間、もっともっと最高の夏になるように全力でサポートします。最後まで一緒にがんばろうね♡! ♡さいごに 改めて振り返ってみると本当にいろんなことがあったなと思います。楽しい😺苦しい😿嬉しい😻悔しい😾その全部をみんなと一緒に経験してみんなと共有できてすごく幸せな3年半でした。いつの間にか日常になっているかもしれないけど、毎日深夜か早朝かも分からない時間に起きてボートに向き合い続けることは簡単にできることではないと思っています。これから先、辞めたいと感じる日が来るかもしれないけど、少なくとも私は最後までやり切ってよかったと思っているのでそれぞれのペースで自分が納得できるところまで頑張ってほしいです。引退してもみんなのこと応援してます!漕艇部のみんなのこれからが素敵なものでありますように*.☆!! ♡Special thanks 漕艇部にいる間の半分くらいは奇想天外な髪型してたし、ピアスもネイルも異様だった私を温かく受け入れてくれてありがとうございました。 監督・コーチ陣の皆様をはじめ、これまで関わってくださったすべての方々に心から感謝しています。ここで出会えた人たちと過ごした時間はこれから先もずっと大切にします!♡♪ ♡Postscript 103代へ 最後の1年は特にたくさん助けてもらってたくさん甘やかしてもらいました。試合の概要リンク送ってくれたりとか高宮さんからメールきてたよ!とか絶対みんなの方が忙しいのにこの程度のことで手を焼かせてしまいました。みんなに恩返しがしたいです。でもたぶん100さいまで長生きしても返しきれないです。ここからハイペースで返していくからこれからもずっとゆずと仲良くしてね。みんなと同期で本当によかったありがとう大好きだよ。長くなるので写真の1番最後に個人宛のメッセージ載せてます返信ください‪‪𛰙᭜𖫴𖫰𖫱𖫳𖫲𖫲𖫳𖫴𖫰𖫱꛰ ᭜𖫴𖫰𖫱𖫳𖫲𖫲𖫳𖫴𖫰𖫱꛰ಣ‬ 103代 黒田柚葉

コメント

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感謝と最後のCOX論

お疲れ様です。102代森合一樹です。 まずは、今シーズンここまでご支援・ご声援くださった全ての方々、誠にありがとうございます。 そして今シーズン結果が残せていません。また、全日本選手権も今年はレベルに達していないとの判断により出場出来ませんでした。最上回生として責任を痛感しています。 現役部員の皆んな、不甲斐ない姿を見せて本当にごめん。ご支援・ご声援くださっているOB・OGの皆さまや大学関係者の方々。皆さまのご期待に添えない結果となっていること、大変申し訳ございません。 時間は残りわずかですが、最後の一瞬まで「インカレ入賞」に向かって改めて全力を尽くす覚悟です。 これからも応援のほどよろしくお願いします。 ラストブログは書きたいことを書けるラストチャンスなので ①関西大学漕艇部 ②COX ③最後に の3部構成で書こうと思います。 ダラダラ書いたので飽きると思いますが、許してください。 ①関西大学漕艇部 歴代の先輩が時系列で振り返っているものが多いので自分は乗った場所ごとに振り返ろうと思います 愛知池 ここは某企業の練習参加をさせていただいたことで数回だけ乗艇しました。正直な感想は慣れない水域の中、艇速が段違いで速く、ビビりまくって何も出来ませんでした。特にピッカピカ8+に乗らせていただいた時は危うく船折るところでした。本当に申し訳ありません。ただあの経験が自分とチームの実力を再認識する機会になったことは間違いないです。とても良い財産になりました。 加古川 大会の時期としても環境としてもあんま良い思い出ないです ただ初めてCOXとしてレースした場所でもあります。思い出すのは横風強すぎて待機水域ですぐ流されたことと初COXでブイパコ祭りしたこと、クッソ寒すぎ+トイレちょー我慢でアップから死ぬかと思ったことなどです。 23年の宿舎が水洗ではなくボットン便所だったことも追記しておきます。 今年はもう行かなくていいので、念願の学祭に行きます。 瀬田・琵琶湖 2023年朝日レガッタ/同志社大合同練で乗艇しました。 やはり忘れられない思い出は朝レのM4+3位です。準決出た大学で最下位のタイムだった予選・ドキドキしながら関学と戦った準決・全艇並びすぎて勝ったのか負けたのかもよく分からなかった決勝。 準決1位や決勝で3位が確定した瞬間大喜びしたことは未だに忘れません。創部初の4+表彰...

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103代主将の宮前千洋です。 まず初めに、いつも関西大学漕艇部を応援してくださっている皆様に心より感謝申し上げます。 とうとう、ラストブログを書く学年になりました。 きっと長いです。書ききれな程いろんなことがあって、思い出しきれないほどたくさんの思い出が詰まった4年間です。 最後に私が主将として、できることは私が感じてきたことを残すこと。 長いかもしれないけど、一言でも一文でもが大切な部員へ、これまで支えてくださった方へ届いたらいいなと思って書きます。 ボートとの出会いは小学生?でした。 小学校の前にある川でいつも高校生が練習をしていて「おーーーい!」と橋の上から声を友達とかけていたのが最初の出会い。 そこから地元の高校に入学。当時はコロナ禍真っただ中だったのですべての部活動紹介が映像で、直接先輩方の姿を目にすることはできませんでした。 ただ、そこで一糸乱れぬボート部の映像が私の目には驚くほど輝いて映って、周りは「ボートはかっこよかったけど、入るのは・・・」という雰囲気の中体験入部に行くことを決意します。 ボートという未知のスポーツに飛び込むこと、それが安定志向の私にはとてもハードルが高かった。でも初めて映像を見た時の感動や体験入部で感じたここなら大丈夫かもしれない。この仲間たちなら一緒に頑張れるかもしれない。そんな直観を信じてみたくて入部を決意します。 (そしてここで3年間同じクラスであり7年間のボート人生を共にする心菜と出会います笑) 高校時代は本当に毎日に夢中。「一生懸命」以外の言葉は知らないのか?って思うほどの偉大過ぎる仲間に出会えて、そんなみんなと頑張れるあの時間が大好きでした。インターハイでも賞状をもらったり、近畿ではほぼ負けなしだったあの環境はきつかったけど楽しかった(笑) 性にあったコックスを入部から引退までやり遂げて多くの人と出会えて本当に私という人間を形成してくれた3年間。引退レースでもうやり切った!ボート人生終了!と雲一つない青空を見上げ引退。あのときの私はその数か月後に神崎川に足を運び、あと4年のボート生活が待っていることは全く想像していませんでした。 「振り返り」 今でも忘れません、高校卒業後まだ実家にいたころに高校の2つ上の先輩である101代のかほさんからの1件LINE 「朝日レガッタのコックスが怪我して足りてなくて、助っ人で出てくれない...

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