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同期の存在

お疲れ様です!2回生マネージャーの藤井里奈です! 後輩ができた今、1年前に関大ボート部へ入部したばかりの頃を思い返すことが多くなりました。 大人数が得意ではない私は、105代の雰囲気に馴染めるのか不安でした。また、自分の素を出せないもどかしさや、男子選手とのコミュニケーション不足を感じる日々が続き、悩むことも多くありました。本当はもっと話したいのに、緊張や恥ずかしさからなかなか話しかけることができませんでした……😓(今も少しその傾向がありますが、まだマシです笑) 今の自分を振り返ってもそうですが、今の1回生を見ていると、賑やかで楽しそうで、本当にキラキラしています。けれどその裏で、一人ひとりが様々な悩みを抱えているんだろうなとも思います。 「朝起きられるかな」「勉強と両立できるかな」「部に馴染めるかな」など、不安はたくさんあると思います。けれど正直、そういった悩みは自分でも気づかないうちに解消されていることが多いです。 問題は、その先に出てくる悩みです。 選手が抱える不安や悩みは、マネージャーとして理解できる部分もありますが、立場が違うからこそ、すべてを本当の意味で分かるわけではありません。それでも、想像以上のものを抱えながら、耐え、踏ん張り、努力を続けているのだと思います。 一方マネージャーは、基本的に陰で支える存在であり、選手の目に見えないところで行う仕事が多くあります。その中でやりがいを見つけることは、決して簡単ではありません。 しんどいことや辛いことがピークになる時期は、必ず一度は来ます。むしろ、何度も来ると思います。 そんな時に心の支えになってくれるのは、同期の存在だと思います。 もちろん、困ったときに支えてくださる先輩方の存在もとても大きいです。いつも私たちを気にかけ、困ったときには手を差し伸べてくださる、とても心強く頼もしい存在です。そして、先輩方が努力される姿や後輩に接する姿は、私たちにとって目標であり、お手本でもあります。 ですが、同期にはまた違った特別さがあります。入部した時から同じ時間を過ごし、同じように悩み、成長していく仲間だからこそ、分かり合えることがあります。お互いの変化や成長を一番近くで、そして長く見守る存在であり、時には励まし合い、時には刺激を受けながら切磋琢磨できる関係だと思います。 マネージャーであったら役職ならではの苦労や悩みは、同じ立場だからこそ分かることがあります。だからこそ、頑張っている姿にいち早く気づき、声を掛けられるのも同期なのだと思います。 つまり、私が1回生に伝えたかったことは、 同期の存在は今よりもっと大切になっていくんだ ということです!😊 しょうもないことで笑い合ったり、真剣な話をしたり。部活の同期としてだけでなく、これから先も支え合っていく仲間として、そして信頼できる友達として、同期の存在はこれからますます大きくなっていくと思います。 思う存分お互いを頼り、信頼し合いながら切磋琢磨し、人としても、選手・マネージャーとしても、そしてチームとしても強くなっていきましょう! 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 105代 藤井里奈

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感謝と最後のCOX論

お疲れ様です。102代森合一樹です。 まずは、今シーズンここまでご支援・ご声援くださった全ての方々、誠にありがとうございます。 そして今シーズン結果が残せていません。また、全日本選手権も今年はレベルに達していないとの判断により出場出来ませんでした。最上回生として責任を痛感しています。 現役部員の皆んな、不甲斐ない姿を見せて本当にごめん。ご支援・ご声援くださっているOB・OGの皆さまや大学関係者の方々。皆さまのご期待に添えない結果となっていること、大変申し訳ございません。 時間は残りわずかですが、最後の一瞬まで「インカレ入賞」に向かって改めて全力を尽くす覚悟です。 これからも応援のほどよろしくお願いします。 ラストブログは書きたいことを書けるラストチャンスなので ①関西大学漕艇部 ②COX ③最後に の3部構成で書こうと思います。 ダラダラ書いたので飽きると思いますが、許してください。 ①関西大学漕艇部 歴代の先輩が時系列で振り返っているものが多いので自分は乗った場所ごとに振り返ろうと思います 愛知池 ここは某企業の練習参加をさせていただいたことで数回だけ乗艇しました。正直な感想は慣れない水域の中、艇速が段違いで速く、ビビりまくって何も出来ませんでした。特にピッカピカ8+に乗らせていただいた時は危うく船折るところでした。本当に申し訳ありません。ただあの経験が自分とチームの実力を再認識する機会になったことは間違いないです。とても良い財産になりました。 加古川 大会の時期としても環境としてもあんま良い思い出ないです ただ初めてCOXとしてレースした場所でもあります。思い出すのは横風強すぎて待機水域ですぐ流されたことと初COXでブイパコ祭りしたこと、クッソ寒すぎ+トイレちょー我慢でアップから死ぬかと思ったことなどです。 23年の宿舎が水洗ではなくボットン便所だったことも追記しておきます。 今年はもう行かなくていいので、念願の学祭に行きます。 瀬田・琵琶湖 2023年朝日レガッタ/同志社大合同練で乗艇しました。 やはり忘れられない思い出は朝レのM4+3位です。準決出た大学で最下位のタイムだった予選・ドキドキしながら関学と戦った準決・全艇並びすぎて勝ったのか負けたのかもよく分からなかった決勝。 準決1位や決勝で3位が確定した瞬間大喜びしたことは未だに忘れません。創部初の4+表彰...

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お疲れ様です。 103代、副将の太田心菜です。   私の一日は、朝5:30からメトロノーム74bpmで始まります。   リズム音痴の私が、バーピーテンポを外し変なリズムで数え出し、  70の次を60と数える愛ちゃんを、全員で軽く睨みながら訂正すると言う可哀想な現象が起き、  ストレッチ中、ヨガマットをベット化している智砂ちゃんや茉友加が隣にいて、   ルーティンの鬼と化した菜月が、半年間同じ曲を流し続け、自然と韓国語の歌を覚えてしまい、  乗艇が終わると、艇庫爆睡仲間のつっきーと実紅ちゃんがいて、   目を擦りながら気合いで起きて、ボートを漕ぎ、帰って、家事をして、寝るというそんな日常でした。  正直そんな日常がなくなると、刺激もないし、何をしたらいいかわからないし、想像もできなくて怖いです。  でも、こんな同じ日々を続けられるぐらいボートは魅力的で、大好きなんだなと心から気づかせてくれます。  そして、神崎にいるみんながその日常に彩りや刺激やらを付け足してくれてるんだなと思っています。 ありがとう。   今日は、そんなみんなへの感謝を込めて正直な想いを書きます。  長いけど時間のある人は見てくれたら嬉しいです。  _____________________   私自身、あと数日で7年間のボート人生に一度終止符を打つことになります。  4年間を振り返ると、想像していた大学生活とは異なり、選択と失敗の連続だったと感じています。  高校時代は、先生方と仲間達に恵まれ、国体・インターハイ共に入賞し、大学ではそれ以上の成績を残したいと思い、競技を続けることを決めました。  大学選びは迷いましたが、2個上の直属の先輩である花歩さんに憧れて、関大に決めました。   マイナスな感情を抱くことも多くありましたが、それでもボート自体は大好きで、「速くなりたい」という気持ちだけは常に持とうとしていたと思います。  時期は覚えてないけれど、SF生がどんどん辞めていって、私も違う場所でしたいなと本気で考えるようになりました。 ...

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