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自分を見捨てない

「自分を見捨てない」 私は1年前こんな目標を立てました。他の同期はインカレ入賞とか現実味を帯びた目標だったのに。 私の目標を見たある人は「逃げたなこの人」と思ったかもしれません。でも私にはこれよりいい言葉が思いつきませんでした。正直インカレ入賞は私には程遠い実力で、3回生の時、インカレに出場出来なくて頑張っているはずなのに頑張れていなくて、心だけが擦切れる毎日を経た私には自信がまるっきりありませんでした。自分で自分を見捨てていました。だから今年くらいは、ボート人生最後の年なんだから、見捨てないようにしようと決心しました。自分から逃げない。そう心に決めた1年は短いようでとても長く私に降りかかりました。 2回生まではとても楽しく過させていただきました。関選で2位になったり、関関戦に選んでいただいたり、先輩もめーちゃめちゃ面白くて本当に大好きでした。いや、大好きです!!今でもたくさん支えていただいてます。先輩がいたから続けようと思えたし、入ってよかったと思えてるし、これからも人生かけて仲良くして欲しいです‼️‼️❤️‍🔥 だけどここからが地獄でした。一向に伸びないエルゴタイム。正解が分からなくて闇に包まれた乗艇練習。ボロボロに言われたPG。今では思い出と言いたいところだけど、まだそこまで傷は癒えていなくて。 去年のインカレ期間、完全に私の心は折れていました。軽い鬱でした多分あれは。2回生の時に大好きだった4回生たちが引退して、心の支えだった1個上の先輩も退部しました。その後、1番信頼していた同期も居なくなりました。私の周りの人が一気に居なくって悩みができても、落ち込む出来事が起きても、誰にも相談できなくなりました。毎日、意味なくぼーっとする時間、泣く時間、自己嫌悪に陥る時間を2回の秋から1年間、ひたすら繰り返していました。 同期2人は当たり前のように8分カットをし、2年連続インカレに出場しているというのに、私は一生縮まらないタイムと睨めっこしている。なんなら新人指導さえ上手くいかない。 同期2人は主将副将に選ばれていて頼りにされているのに、私はずっとふわふわしていてなんにも役に立っていない。 この3年間は一体なんだったんだ。いや、6年間か(笑)。私には何が出来るんだ。と、とても劣等感に包まれていました。誰の慰めの言葉も響かないくらいに。 何度も辞めようと思ったことはありますが、この期間以上に悩んだことはないかもしれません。結果もついてこない。部員とも上手くいかない。安らぐ場所がない。ストレスしかたまらない。正直もう負の連鎖でした。 まじでみんなはもっと他の人を頼りなさい。私は頼っているようで全然頼っていませんでした。自分の本当の気持ちは押さえつけていたし、できるだけみんなの負担にならないように明るく振る舞わないととか思って自虐に逃げていました。というか言っても意味無いと思っていました。でも今は思います。意味はなくても感情は共有するべきだと。理解してくれる人がいるという事実だけで救われる日があります。だから最初から頼れるところには頼っときなさい。別に誰でもいいと思います。同期でも後輩でも先輩でも。いつでも話聞きます私は自己肯定感が低すぎるが故に人の自己肯定感をあげるのは誰よりも得意です。任せてください😉 でも1回、耐えきれなくて、れいさんと監督の前で大号泣しました。あれはインカレの積み込みの時だったかな?インカレに出れない悔しさとか自分の中でももう諦めがついていたと思っていました。でもやっぱり、みんなに頑張ってきてねって伝えてる自分が悔しくて恥ずかしくて、積み込みをしてるみんなが眩しくて。目を背けるように手伝ってるふうを装いながら抜け出しました。そこで監督に「最近大丈夫か」と言われた瞬間リミッターが外れてしまいました。もう最悪です。 自分が悲観的すぎるってことは分かっていました。だから相談出来ませんでした。 「そんな事ないって。考えすぎやって。自分に自信無さすぎるって。」 こう言われることがわかってたから。笑えますね。バカすぎる。ほんまに拗れすぎている。正しくこんな奴にはなるな!です。マージで楽しくなかったなこの期間。思い出すだけで吐きそうです。今この気持ちの子が1人もいなければいいな。 4回生になって、コーチにこんなことを言われました。「このままじゃ逃げ癖ついちゃうよ。ボートぐらい頑張ってみなよ。」と。その通りでした。今までやらなきゃいけないことは淡々とこなしていたけど、別に何かに熱中したことはありませんでした。私は努力は裏切らないという言葉が苦手です。だって頑張っても結果なんかいつもついてこなかったから。自分からしたら努力してて頑張っていることも他の人から見たらそうではなくて、上には上がいて。逆に私よりも練習してない人がいい結果を出していたり。現実は理不尽な事ばかりで。こういう考えを持っているのも私の悪い所なんだと思います。無意識に人と比較してしまって勝手に落ち込むことが多かったなとこの4年間を振り返って思います。頑張りきったことがない私はこれ以上どう頑張ればいいのか分かりませんでした。実は4回になってからのTT後は毎回泣いていました。誰も通らない道を歩き、号泣しながら泣く資格もないのに何を泣いてるんだという気持ちと、もうこれ以上何をすればいいんだという気持ちと、辞めたいという気持ちでぐちゃぐちゃでした。いちばん辛かったのは関関戦のttだったかな?あの日はめちゃくちゃ緊張していました。今にも吐きそうでした。8:15を切らないと選考にも入れなくて。私にしては珍しく最後の関関戦は出たくて、ここで切らないと本当に見捨てられる終わるくらいの気持ちでした。この日までにコーチから言われた「500m 1:50で漕ぐ」っていうミッションもクリアして、西日本も対抗クルーに選んでいただいて1日も休まず練習しました。いつもと同じじゃ何も変わらないと思い500mレースだと思って最初ぶっ飛ばしたら案の定後半死んでしまい8:15を切れませんでした。もうこの日は最悪でしたね。1日中泣いていました(笑)。エルゴ引き終わって泣きすぎて1時間半くらい艇庫戻れなくて、家に帰る道中も止まらなくて、家に帰ってからも泣いて、夜も泣きました(笑笑)。今考えるとおもろいですね。結局私の関関戦はいい思い出なく終わりました。最後の関関戦出たかったなあ、、、(笑) コーチには「ちさちゃんはテクニックはあるから力だけだよ。水上を見ると本当に選びたいんだから。」と言っていただいていました。本当に本当に嬉しかったんです。でも同時に申し訳なくて情けなくて。最後のTTを引き終わった頃、もうコーチにも監督にも顔向け出来ないと思いました。正直、顔を見ずにどこか遠くに逃げてやろうかとすら思いました(笑)。 でも最後までコーチは私のことを諦めていませんでした。2回目の引き直しをしてもう無理だと諦めようと思っていました。でも、「まだいけると思っているよ」とコーチから連絡が来て、私よりも私のことを諦めていない人がいることを知りました。その時、最後まで足掻かないといけないと再確認しました。最後の最後で私は何を日和っているんだと。もう私に失うものなんてないのに。引退か継続かの二択なのに。継続を勝ち取りにいかなきゃいけないのに。挑戦を日常にというスローガンを作った張本人が最後まで挑戦しなくて誰に合わせる顔があるんだと。そう思ったのに、本気でそう思ったのに、期待に応えられなくて本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。たぶん謝らなくていいんだよと言ってくれるけど、本当に本当に謝罪の気持ちしか出てこなくて悔しくて情けなくて、結局私は頑張りきれなかったのかもしれません。もう自分ではなにが頑張りきるなのか分かりません。分からないまま引退です。引退だと思っていました。 インカレクルー決めが行われる日、コーチと今後の話しないとなーと重い腰を上げながら艇庫へ向かいました。そうしたら、頭の理解が追いつかない内に元々全然案に無かったW4×とW2×とW8+で出場する、ということになっていました。正直本当に意味がわかりませんでした。もうプレッシャーとかいう次元ではありません。クルーメンバーには土下座の勢いです。みんな認めてくれるだろうか、認めてくれるわけないよな、あークルー発表の日私はどんな顔で行けばいいんだ。と月曜日は頭を抱えながら独りで家に籠っていました。クルー発表当日、話す時間を設けてもらったけど、手も足も声も震えながらみんなに頑張りますという旨を伝えたのを今でも鮮明に覚えています。でもみんなは温かくて、一緒に出れるの嬉しいですとか、あついっすとか、頑張りましょうとか、色んな声をかけてくれました。もうだいすきです。この人達のために、この人達と共に頑張ろう、今回こそは頑張りきろう、この時、そう心に決めました。 W4×! ほんとに毎乗艇楽しかったよ!!こんなに笑顔の時間が多かったクルーは初めてです。まゆかには私の独り言を捌くというポジションを与えたにも関わらず、結局捌いて貰えませんでした。ことちゃんには練習中アベレージを聞かれないのが目標にする日があるほど、「今アベいくつですか?」と聞かれました。ちひろにはファイナルポジション1枚って言われた後、ちひろ以外が各々関係ないことを喋り、喋るなと怒られました。ぜーんぶ一生思い出です。笑顔の絶えないクルーだったけど、練習中は本当に真面目で空気が変わるこのクルーが大好きです。ゆいちゃんもりなちゃんもありがとう。 私たちには結果を残すしかもう道がありません。死んでも掴み取りましょう。 -------------------------------------------- こんなにネガティブなラストブログたぶん稀ですよね。読んでる人はなんでこの人4年間も続けられたんだろう?と疑問に感じてる人もいると思います。書いている張本人も思っています。こんなしんどいことしかないのになんで辞めてないんだろうと。 理由は至ってシンプルです。 「本当に関西大学漕艇部の部員が大好きだから」です。 3回生へ 本当に君たちの事大好きです。実はまじで離れたくない。引退は楽しみなのに君たちと離れるのが悔しくて困っちゃうよ。後輩が苦手だった私だけど、君たちのお陰で好きになれました。だいぶ生意気なところも、ちゃっかり後輩感出してくるところも、壁を作らず接してくれるところも、個性の塊が集まっているところも全部大好きです。 正直あと1年、衝突は避けられないと思います。君たちは自分の中の正義が強いので。でもその正義を貫いてください。そうしたら新しい正義が産まれてくると思います。きっと良い1年になるよ。がんばってね。 2回生へ 君たちは本当に最初から話しかけてくれましたね。実はすっごく嬉しかったです🎶私は人見知りで新しい人と仲良くなるのが遅いタイプなんですが、この代はほんとにもうガツガツ来る子が多くて、新しい接し方で困惑したのを覚えています(笑)。1年間しか一緒にいなかった、なんて本当に信じられないです。悔しいなあ、こんなにおもろい人材が揃っているのに。もっと一緒に思い出作りたかったなあ。いや、これから作るか。 1回生 あまり話せなくて、仲良くなりきれなかった、残念です😞でも2.3回生が先輩だなんて本当に羨ましい!君たちの先輩は、頼りがいのある人ばかりです。思う存分頼ってください。そして追い抜いてやってください。みんな上手だからいけるよ。この先ボートが楽しくないって思ったり、もう辞めたいって思うことがあると思います。でもそれは、ボートとしっかり向き合っている証拠であり、そこを超えることで人としてどれだけ成長出来るかは測りきれません。こんなに毎日辞めたいって思った私でも思います。この競技は続ければ続けるほど苦しくて、でも、意味がわからないほどやりがいがある。そしてしんどいことを上回る楽しいことがこれからいっぱい待ってます。頑張るんだよ! いつもウザ絡みしかしてこないめんどい先輩だったと思うけど、みんな相手してくれてありがとう♡!いつも助けられてました。みんなが私が艇庫に来る意味でした。本当にありがとう。これからも仲良くしてね🎶 同期へ 流石に同期に書くのは恥ずかしいし、書き始めると終わらないのでのでサラッと書きます😃 1回生のときでは考えられないほどみんなと仲良くなりました。いつもネガティブな私を支えてくれたのは同期のみんなです。みんなと生産性のない会話をするのが本当に楽しくて、リフレッシュになっていました。 ラスト1年、本当にお疲れ様でした。平凡な日がないほど、色んな問題に直面しましたね。私は最後の最後まで艇庫が汚いって幹ミで詰められるくらいポンコツだったけど、みんなは完璧でした。シゴデキです。一生大変だったけど、みんなで乗り超えたこの1年は何にも変え難い経験です。本当にだいすき!!!ありがとう!!! 関大ボート部愛はちひろや夏子には敵わないかもしれない。ボート愛は太田には敵わないかもしれない。だけど私は、部員1人1人のことは誰よりも大好きだったと言えるくらいにはみんなが私の支えで居場所でした。本当にありがとう。 -------------------------------------------- 私がみんなに言いたいのは1つだけです。はやく7分カット、8分カットしなさい。すればとやかく言われなくなります。スタートラインにもたてます。選考にも入れます。色んな経験が出来ます。ボートもたぶん10倍は楽しくなるんだろうと思います。 それが難しいんだなんて私が1番分かってます。だからこそ言ってます。こんな惨めな思い、誰もしなくていいんです。カットするだけで本当に未来が変わります。 「人生の中でたった7分.8分全力で漕ぐだけ」なんです。簡単なことでしょ?どうせ死なないんだし。 みんななら出来ます。頑張ってることも知ってます。でも、もっと出来るんです。私はこのインカレで頑張り切るという感覚を掴みに行きます。だから、どうか、みんなも一緒に頑張り切ろう。どうか、自分を見捨てないで。 103代 谷川智砂

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お疲れ様です。102代森合一樹です。 まずは、今シーズンここまでご支援・ご声援くださった全ての方々、誠にありがとうございます。 そして今シーズン結果が残せていません。また、全日本選手権も今年はレベルに達していないとの判断により出場出来ませんでした。最上回生として責任を痛感しています。 現役部員の皆んな、不甲斐ない姿を見せて本当にごめん。ご支援・ご声援くださっているOB・OGの皆さまや大学関係者の方々。皆さまのご期待に添えない結果となっていること、大変申し訳ございません。 時間は残りわずかですが、最後の一瞬まで「インカレ入賞」に向かって改めて全力を尽くす覚悟です。 これからも応援のほどよろしくお願いします。 ラストブログは書きたいことを書けるラストチャンスなので ①関西大学漕艇部 ②COX ③最後に の3部構成で書こうと思います。 ダラダラ書いたので飽きると思いますが、許してください。 ①関西大学漕艇部 歴代の先輩が時系列で振り返っているものが多いので自分は乗った場所ごとに振り返ろうと思います 愛知池 ここは某企業の練習参加をさせていただいたことで数回だけ乗艇しました。正直な感想は慣れない水域の中、艇速が段違いで速く、ビビりまくって何も出来ませんでした。特にピッカピカ8+に乗らせていただいた時は危うく船折るところでした。本当に申し訳ありません。ただあの経験が自分とチームの実力を再認識する機会になったことは間違いないです。とても良い財産になりました。 加古川 大会の時期としても環境としてもあんま良い思い出ないです ただ初めてCOXとしてレースした場所でもあります。思い出すのは横風強すぎて待機水域ですぐ流されたことと初COXでブイパコ祭りしたこと、クッソ寒すぎ+トイレちょー我慢でアップから死ぬかと思ったことなどです。 23年の宿舎が水洗ではなくボットン便所だったことも追記しておきます。 今年はもう行かなくていいので、念願の学祭に行きます。 瀬田・琵琶湖 2023年朝日レガッタ/同志社大合同練で乗艇しました。 やはり忘れられない思い出は朝レのM4+3位です。準決出た大学で最下位のタイムだった予選・ドキドキしながら関学と戦った準決・全艇並びすぎて勝ったのか負けたのかもよく分からなかった決勝。 準決1位や決勝で3位が確定した瞬間大喜びしたことは未だに忘れません。創部初の4+表彰...
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