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振り返って考えたこと

こんにちは!2回生マネージャーの生駒彩華です!
2026年が始まって、1ヶ月が経とうとしています。「もう?」と思うくらい、時間の流れが本当に早いですね。去年の今頃、自分は何をしていたんだろうと振り返ってみると、あっという間にここまで来てしまったなと感じます。


いつもブログを読んでいると、それぞれがどんなことを考えながら日々過ごしているのかが伝わってきて毎回凄いなと思っています。私は思っていることを言語化するのは得意ではありませんが、 暖かい目で読んでもらえたら嬉しいです。


先日、成人式がありその後に行われた同窓会で、中学時代のボート部のメンバーと久しぶりに集まる機会がありました。

久しぶりに会ったみんなと、当時の話をしている時間は本当に楽しかったです。練習も試合も楽なことは一つもなく、正直しんどかった記憶の方が多かったはずなのに、今振り返ってみると、それら全部がひっくるめていい思い出として残っていました。それでも試合でどんなふうに負けたのか、何が足りなかったのか、あのときどれだけ悔しかったのかということは今でも驚くほど鮮明に覚えていました。

特に、当時新型コロナウイルスの流行により、引退試合である全国大会が中止になったことは、どこにも気持ちをぶつけられないまま、今でも忘れられない出来事のひとつです。だからこそ、活動できている時間を無駄にせず、後悔の残らない選択をしたいと思っています。また、今の自分からすると少し不思議ですが、中学ではボート部で部長をしていました。技術や結果以上に、チームをまとめることや、周りとの関わり方に悩んでいた時間の方が長かったように思います。思うようにいかないことも多く、葛藤することばかりでしたが、そうした経験が自分自身の成長に繋がっていると感じています。


同窓会では、当時ボート部だったメンバーの中で、高校でもボートを続けていた人が多いことを知り、勝手にうれしくなりました。
さらに驚いたのは、その中に早稲田大学で今もボートを続けている人がいたことです。
同じスタートラインに立っていたはずなのに、そこまで競技を続けていることが本当にすごくて、素直に尊敬しました。

一方で、少し不思議な感覚もありました。
同じボートという競技なのに、立っている場所はそれぞれ違っていて、私は今選手ではなく、マネージャーとして関わっています。
同じ競技を知っているからこそ、その距離感を強く感じたのかもしれません。

それでも、ボートの話を大学生になってもお互いできることが嬉しかったし、立場や環境は違っても、ボートを本気でやってきたということが今でも残っているのだと感じました。競技者として漕ぎ続ける人もいれば、私のように立場を変えて関わっている人もいて、形は違っても、ボートと向き合ってきた時間そのものは変わらないのだと思いました。


中学時代に味わったきつさや悔しさを、今でもはっきり覚えているからこそ、今チームで頑張っている選手たちのしんどさや苦しさを、想像ではなく実感として少し近い距離で感じることができると思います。その感覚を忘れずに、日々の練習や試合が当たり前に回るよう、マネージャーとして自分にできる役割を丁寧に積み重ねていきたいです。

また過去を振り返る機会があったからこそ、今自分が関わっているチームの時間をより大切にしたいと感じました。

現状は、自分自身のどうしようもない部分が多すぎて、情けないです。それでも、今このチームに関わる1人としてもっとしっかりしないといけないなと思います。

2026年は少しずつでも自分を整えながら、マネージャーとして、チームの力になれる一年にしていきます。今年もよろしくお願いします。

コメント

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