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自分で選んだ道だから

 こんにちは!2回生漕手の清水菜月です。

気づけば、いつの間にか2026年になっていました。今年はどんな1年になるのでしょうか。


1年生の熱いブログを読んでいると、「自分も頑張ろう!」と思えます。あのように熱いブログ書ける自信はありませんが、とうとう自分の番が回ってきてしまったので、1年生に少し便乗しつつ、私がボート競技を始めたきっかけと、今年の目標について書きたいと思います🚣‍♀️


私は小学生から中学生まで、「新体操」という競技をしていました。個人では県大会1位、団体では県代表として地区大会に出場した経験もあります。(姉と一緒に団体競技に出場したことは、今ではとても懐かしい思い出です笑)

高校でも新体操を続けようかなとぼんやり考え、「これからもっと頑張っていこう!」と思った矢先にやって来たのが、新型コロナウイルスでした。

学校は休校、練習もなくなり、何のために新体操をしているのか分からなくなっていきました。感染が拡大するにつれてモチベーションは下がり続け、中学3年生という区切りのいいタイミングで、新体操を辞めることを決めました。


高校に入ってもスポーツは続けたかったため、何か良い部活はないだろうかと考えたとき、ふと思い浮かんだのが、姉がボートを漕いでいる姿でした。富士山をバックに、優雅に漕ぐ姉の姿を思い出し、「私も姉のようにボート競技をしてみたい」と思いました。

それと同時に、勉強があまり好きではなかった私は、「どうしたら勉強をあまりせずに大学に入れるか」を必死に考えていました。

調べていくうちに、部活動の成績が良ければスポーツ推薦で大学に入れるという道があることを知り、「高校から始められるボート競技で全国大会に出場し、大学入学への切符を手に入れる!」という目標のもと、ボート部に入部しました。

今振り返ると、どんな目標だよ、って感じです(笑)。


しかし、入部してからは、優雅に漕ぐどころか、得体の知れない地獄のようにきついエルゴをする日々が始まり、思い描いていたものとはかけ離れていました。

姉のようなセンスも才能も根性もなく、自分に甘い性格も相まって、エルゴではなかなか良い数値は出ませんでした。試合では県で1位になっても、地区大会では準決勝敗退。自分より練習していない同期が結果を出す。そんな状況が本当に悔しくて、悔しくてたまりませんでした。

全国大会には3回出場したものの、試合で目立った成績を残すことはできず、8分カットもできないまま引退。大学入学の切符は手に入れましたが、悔いしか残らなかった高校時代の部活動でした。


それでも、関西で頑張る姉の姿を見て、もう一度ボート競技を続けることを決めました。


経験者だけど初心者・経験者関係なく、一からボート競技をやり直したい。関東ではなく関西でボート競技がしたい。そう思い探し続けた先に見つけたのが、『関西大学』でした。


見学に行った際の雰囲気がとても良く、直感で「ここでやりたい!」と思ったことを今でも覚えています。今では仲のいい同期、頼れる先輩、元気いっぱいの後輩に恵まれ、関西大学漕艇部に入って本当に良かったと思っています。


怪我の影響で、合計1年間は試合にも出られず、満足に練習もできなかった時間を考えれば、正直まだ戦力になれているとは言えません。

だからこそ2026年は、「私が女子ローを引っ張っていく!」くらいの勢いで頑張りたいと思います。


そんな私の今年の目標は、


【限界突破】 です。


リミッターを外し、自分が出せる最大限以上の力を出すことを目標に、日々の練習に励みます💪


自分で選んだ道だからこそ後悔はしたくない。


もし少しでも弱音を吐いている姿を見かけたら、ぜひ「限界突破するんじゃないのか!?」と怒鳴ってください(笑)。よろしくお願いします。


テストとハードな練習の両立で体調崩す人が多くなっていますが、美味しい物食べて!たくさん寝て!早く元気になって!テスト後は、みんな揃って練習できるように体調管理頑張りましょ!💪

まだ、冬練は始まったばかりですが、あと13回、14回日曜日が来れば新シーズンの試合が始まります。思っている以上に時間はありません。後悔のないよう、もう一度気合い入れ直してーー

がんばろーいんぐ!🚣‍♂️


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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