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これまでの感謝と報告

初めまして、1回生女子ローの福本愛です。加古川から5種目TT、神崎川レガッタまで、本当にお疲れ様でした! みんなのSNSを見ながら、それぞれオフ楽しんでるな〜とほっこりしています。


初ブログに何を書こうかずっと悩んでいたのですが、報告も兼ねて、これまでの振り返りと、これからの挑戦について書こうと思います。


私はもともと漕手をするつもりは全くなく、マネージャーかCOXで悩みながら入部を決めました。マネージャー体験会の際にCOXというポジションの存在を教えてもらい、帰ってからYouTubeでいろんな大学のCOXコールの動画を見漁り、とても感動したのを覚えています。COXのかっこよさに感化されたこと、そして「どうせ入部するなら船に乗りたい!」と思ったことから、選手として活動することを決めました。


はじめは漕手として練習し、知識がついてきたら夏ごろにはCOXに、というつもりでしたが先輩や同期と船に乗る楽しさや、技術が上達していく実感が増える度に欲が出てきて、このまま漕手を続けたいと思うようになりました。昔から運動音痴だったので、とにかくみんなと並んで運動できていること、そして上手く伝わるかわかりませんが、同期女子をライバル視できていることが嬉しくてたまらなかったです。


そんな中、10月頃に体育会本部の有志が募られ、もともと企画運営に興味があった私は大学の体育会をまとめるという、中高ではなかなか経験できない組織運営に魅力を感じ挑戦したいと思うようになりました。それと同時にCOX転向のタイミングについて考えるようになり、いろんな先輩に話を聞いてもらいながらよく考えた結果、「加古川で漕ぐのが最後になるかもしれない」と覚悟して大会を迎えました。


大会前は、課題をクリアできたときの達成感とこれを継続しないとという緊張感の狭間で、1つ1つの乗艇をこなす日々でした。試合本番は冷静になろうと必死で、正直何を考えていたのかもう思い出せません。ただ、みんなで勝ちたい、負けたくない、その一心でした。試合結果が確定したとき、ここなさんのラスト加古川に花を持たせられなかった悔しさ、期待に答えられなかった悲しさで、今までに感じたことのない気持ちでした。本当に今回の大会で学べたことは多く、貴重な経験をさせていただけたことに深く感謝しています。


最後に、どう書けばいいのか迷うので結論からお伝えしますが、この冬練が始まるタイミングでCOXに転向することになりました。この決断に背中を押してくださった先輩方、本当にありがとうございます。これから不安もあるし、迷惑をかけることも多いと思います。それでも、この選択を正解にするために、そしてボート部のみんなに恩返しするために、精一杯、全力以上で頑張ります。どうか、たくさん指導してください。



とっても長くなりましたが、以上で初ブログを終えたいと思います。ここまで読んでくださりありがとうございました。これからもよろしくお願いします!

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