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最高の半年間

 「最高の半年間」

初めまして!1回生漕手の村上真央です。


初ブログで上手く言葉をまとめられているか心配ですが、最後まで読んでくださると嬉しいです!


漕艇部に入ってからあっという間に半年が経ちました。時間が経つのが一瞬すぎてほんとにビックリです。もうすぐ11月が終わるなんて信じられないですよね。


私は、もともと大学で部活に入る気はなかったのですが、新歓で先輩たちがキャンパスに来ていて勧誘されたのがきっかけでした。あのとき先輩たちに出会わなければ私は今どんな風に過ごしていたのかと思います。試乗会でボートに乗ったときの新鮮さや部活の雰囲気の良さに惹かれ、ボート部に入りたい!と直感で迷わず入部を決めました。


入部してからは毎日が新鮮で楽しく活動していました。ランや体幹トレーニングばかりの頃がもう懐かしく感じます。

しかし、夏頃から本格的になっていき、楽しさだけでは乗り越えられなくなってきて、しんどいなと思う回数が増えていきました。エルゴもだんだんメニューがキツくなり、目の前の数値を見ながら漕ぐのがつらいなと思うときもありました。正直やりたくないと思う日もあります。

また、自分のスケジュールと合わせるためにいつエルゴを引くのか、いつPGに行くのかと悩むことも多くなりました。やらなければならないという焦燥感があり、時々ネガティブになるときもありました。

そんな時、頑張っている同期や先輩たちの姿を見て、私も頑張らないと!と前向きに考えることができました。乗艇のときやエルゴでも、みんなで一緒に漕いでる、みんな頑張ってるから私も頑張ろうという気持ちになります。

ほんとにいい人たちに出会ったなぁと思います。

今ではエルゴの数値が上がったり、乗艇のときもだんだん技術が身についてきたなと成長を感じることができて嬉しいです。


今加古川期間最中で、初日、2日目と練習したとき、自分が思っているよりも上手くいかないことが多く、ちゃんとレースで漕ぎきれるのか不安になりました。

緊張したまま本番を迎えましたが予選では初めて切らずに最後まで漕ぐことができてとても嬉しかったです。自分の力を出し切ることができました。2000mはほんとに長くて辛いですが、漕ぎきった時の達成感があって頑張って良かったと思えました。


準決勝ではA決勝に行きたかったですが、惜しくもB決勝進出になりました。自分の持ってる全力を出し切りましたが、ほんとうに悔しかったです。最後の方までずっと勝っていたのに0.6秒差で負けたことが、最後に刺されたのが悔しすぎて、ちゃんと漕ぎきったはずなのにとやりきった感よりも悔しさが勝ちました。でも、昨日より10秒タイムを上げれたことと予選よりも気持ち的に落ち着いて漕げたので良かったです。


昨日の予選レースでスタート地点に着いた時に思ったことがあります。

私はもともと水泳をしていて、レースでスタート台に立つときや泳ぐときは必ず1人だし、リレーでも4人で頑張るけど結局泳ぐときは1人だから、ほんとにレース前は緊張やプレッシャーで押しつぶされそうでした。

でもボートは違って、クルーのみんなでスタート地点に行って、レースもみんなで漕ぎます。それがほんとうにいいなぁと思っていて、緊張しても周りのみんながほぐしてくれるし、「みんないるから大丈夫だ」と自分に言い聞かせて安心することができます。

ボートに出会えてほんとに良かったです!


明日は加古川最終日です!A決勝でもB決勝でも勝ちにこだわって最後までやり切りましょう!そして、悔いのないように大会を終えましょう!

私も今日の悔しさをバネに明日のB決勝で全て出し切ってきます!!


疲労も溜まってきてしんどいかもしれませんがみんなで笑顔で乗り切りましょう!!


がんばローイング!!🚣‍♀️


105代  村上真央


コメント

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