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ぼくのはるやすみ

 「ぼくのはるやすみ」


 初めまして。総合情報学部一回の鷹取悠斗です。しばしば高槻キャンパスを馬鹿にするような声を聞きますが、うとうとしながらバスに揺られるあの幸せを知らないと思うと、むしろこっちが可哀想に思えてきます。下界の皆さんには、一度あの幸せな時間を体験して欲しいものです。


 前置きはこれくらいにして、本題に入りたいと思います。初めてのブログなので、今回は安牌なテーマで、僕が入部を決意した理由の一つについて書きたいと思います。タイトルに見覚えがあるかもしれませんが、これはいっささんリスペクトです(笑)。拙い文章ですが、頑張って書いたので最後まで読んでくれると嬉しいです。


 関西大学のボート部に所属しているほとんどの人がそうかもしれませんが、まさか自分が大学生にもなって、聞いたこともないボートという競技を始めているとは思いませんでした。四月の新歓の時期に、ボート部勧誘の紙を受け取り、家に帰ってから、お母さんに冗談っぽく「ボート部入ろかな(笑)」と言っていたのがまさか現実となり、こんなにボート漬けの生活を送るとは全く想像していませんでした。


 僕が入部を決断した理由として大きかったのは、高校の部活を引退してから、とてつもない時間をダラダラ過ごしたことにあると思います。僕は、指定校推薦で入学することが決まっていたので、一般受験をするみんなよりも遥かに長い春休みを過ごすことになりました。早くから春休みが始まったのはいいものの、周りは受験で忙しく、もちろん遊ぶことはできませんでした。そんな僕がたどり着いた長めの春休みの過ごし方は、「ダラダラしてみよ」でした。小中高とサッカーをしてきた僕は、練習や試合もなければ、ましてや学校もないという、こんなにもしがらみのない生活をした記憶はなく、最高やぁと思って始めたダラダラ生活でした。しかし、最高だと思って始めたダラダラ生活も次第に飽きてしまい、だからと言って何かしようという気力も起こらない最悪な状態になってしまいました。周りの人からすれば、もったいない時間の使い方をしたと思うかもしれません。でも、このダラダラ生活のおかげで自分はやっぱり何かに熱中したり、頑張ったりしているほうがいいと再認識できた、いい機会になったのではないかと今では思っています。恐らく、このダラダラ春休みを過ごしていなければ入部を決意していなかったでしょう。そう思うと、「ダラダラしよう!」という意味の分からない決断をした過去の自分を少しは褒めてもいいのかなぁと思います(笑)。


 入部から約半年が経ち、練習量や強度が上がってきている中で、今は楽しく頑張れていますが、きっとしんどい時期も来ると思います。そんな時は、このダラダラ春休みよりは充実した時間を過ごしていると自分に言い聞かせて頑張りたいです。


 最後まで読んでいただきありがとうございました。


105代 鷹取悠斗

コメント

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