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活力

 活力


お疲れ様です。101代の藤尾優太です。

ラストブログということで4年間を振り返りながら思っていることを書いていきます。


最初の半年は漕手でした。あんま覚えてないですけど、自分の成長が直接船に反映されていることが感じられて楽しかったです。


そして冬にcoxになりました。最初は少し乗り気ではなかったですが、最後まで何とかやり切りました。coxの先輩がおらず、お手本がないからこそ、いっぱい挑戦していっぱい失敗してその中で最適解を見つけていきました。貴重な経験ができました。ありがとうとごめんなさい。


2回生になってすぐ対抗に選ばれましたが、全く結果を残せずのきさんに投げられ、対抗に一緒に乗っている先輩にはたくさん迷惑をかけて、同期を中心とする部員からは対抗なのに結果が出てないとか偉そうとか色々言われました。当時コロナ禍で合宿も出来なかったので、毎朝4時半に起きだったり、バイトや教習、授業もあり、本当に4年間で1番限界でした。だからもう逃げ出したいと思いましたが、一度任された仕事を逃げるのはという責任感と逃げ出す勇気がなかったことで辞めるのを辞めました。


2回生の冬に車との衝突事故で瀕死状態になりました。幸い後遺症はほとんどありませんでしたが、2ヶ月間自宅に軟禁され、本来なら出れていたであろう大会に出場することすら出来ませんでした。そのような大会では去年と比べて結果だけでなく、チームの雰囲気まで大きく変化し、去年とは見違えるほど変化しました。みんなが輝いて見えたと同時に、他の部員との差が生まれてしまったことや事故によってチャンスを失ってしまったことを感じました。


今シーズンはたくさんの人の「期待」に応えたいと思ってました。しかし自分自身の結果だけ見たら何も出来ませんでした。今残っているのは罪悪感です。


しかし学んだことも多くありました。西日本選手権では補助員をして大会の運営に携わりました。ブイの引き上げや洗浄、審判艇の片付けなどを夕方まで行いました。その中でこんな苦労があって、自分たちは不自由なく大会に出れているんだと感じました。そういう人にもぜひ思いをはせてみてほしいです。


また自分自身や自分のクルーが結果を出すことだけが部に貢献することでは無いことを学びました。新人指導や無しフォアの伴走を通じて、誰かにいい影響を与えられてたら嬉しいです。残り2週間まだまだ頑張ります。


インカレまであと12日となりましたが、僕はインカレには出場しません。インカレメンバーから外れた時にまず感じたのが、悔しさはほぼ感じませんでした。それよりも2回生ながら対抗に乗せていただき貴重な経験をさせてくれた先輩やまだやれると背中を押してくれた先輩や同期の期待を裏切ることになってしまったという情けなさ、恥ずかしさでした。特に2回生のインカレで敗コロした後のミーティングで「もっといいコックスになれる、なってほしい」ってかおるさんに言われたことを思い出して自責の念に駆られます。


ここで一番後悔してるのがあんまり悔しくなかったこと。これは自分のために頑張れなかった、ボートへの活力が乏しかったからだと思います。結局コックスを3年やってコックスの醍醐味や面白さを感じられなかったです。本当に他人の期待に応えるためだけにやってたのだと感じます。だから他人の期待に応えられてないなって思う時にはしんどかったです。また胸を張って「やりきった」って今言えないし、もっと自分のために頑張りたかった。もっと喜怒哀楽を感じたかった。自分なりのやりがいや憧れの存在があればそんな感情を味わえた気がします。だからこそみんなには見つけてほしいです。活力を見つけられたらしんどい時の心の拠り所、踏ん張るエネルギーとなり、カチヌクチカラになるはずです。


こんなけ後悔してるけど、ボート部に入ってよかったと思っています。ボート部じゃないと出来ないことがたくさん出来ました。対抗として関大を背負って試合に出る重さも、法律のないミーサンでの毎日も、つらさも、うれしさも、すべて僕の財産となるでしょう。大学入学時は高校時代は勉強も部活もなあなあでやってしまったことが後悔でした。だから何でもいいから全力でやりたかったです。だからこそ義務感に駆られてやる時期が長かったものの全力で打ち込めるものを見つけてよかった。部活、授業、バイト、時期によっては就活とやることがてんこ盛りでしたが、裏を返すと日々充実してて楽しかったです。本当にありがとうございます。


後輩達へ

言いたいことを一言で言うとどうせやるなら「楽しく、主体的に」です。


ローイングや自分のやっているポジションに対して楽しさであったりやりがいや醍醐味、プライドを持ってほしいです。正直に言うと僕はこれらを見つけられませんでした。だから淡々と毎日作業のようにやるべきことを全うし、その中で試行錯誤しました。このことに今すごく後悔してるし、ローイングについて目を輝かせて楽しそうに語る人や熱く語る人を見て羨ましく思います。だからそっち側の人になってほしい。遠くからみなさんを応援します。先週のデンソーさんとの合同練習では艇を主体に考えることを学びました。奥深く、それを考えるのが楽しいなと感じました。少しボートへの活力が出来ました。今は余裕があるからかもしれませんが笑


応援しています。


最後に

ここまでボート部でやってこれたのはOBの方や監督コーチ陣、先輩、同期、後輩、家族のおかげです。本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

置かれた立場で全力を尽くし、もうこれ以上後悔しないようにします。


まとまりのなさすぎる文章となりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

コメント

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