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感謝と思いやり

 1回生漕手の桑原蓮です。

自分が大切にしたいと思っていることについて書きたいと思います。簡潔に文章をまとめることがあまり得意ではないので、時間が空いた時にでも気軽に読んでもらえると嬉しいです。


 自分が大切にしたいと思ってることの1つは感謝を伝えることです。

こう思えたのは高校で部活をしている時でした。陸上競技をやっていたのですが2回肉離れをしてしまい、思うように練習出来ず試合にも出れないという期間が長くありました。

練習ではできる補強をしつつ練習をサポートするマネさんの手伝い、試合では補助員をしたりタイム計測の手伝いをしたりなど、選手というよりかはマネさんよりの補助的なことを多くやっていました。それは実際選手として動いてる時には見えなかった仕事もあったり、思っていた以上に大変なことがあったりもしました。特に試合の時なんて辛かったです。自分はいつまで経っても試合に出れず、同期はどんどんベストを更新していっている、自分は何をしているんだろうと思っていました。でも試合が終わった後に「今日は色々動いてくれてありがとうな!」って言ってくれた人が居ました。その時役に立ててたんだな、良かった、今自分がチームに貢献できることを頑張ってしないとなと改めて思えました。

単純な人だなと思われるかもしれませんが、自分にとってこの『ありがとう』という5文字はとても大きかったです。自分ほど響く人はあまり居ないかもしれませんが、ありがとうと言われて少しでも良い気持ちになる人は多いと思います。

このありがとうと言える関係は、漕手間でもそうですが特にマネさんと漕手の間にはとても大切だと思います。マネさんは普段漕手が見えるところのみではなく、見えないところでも色々なことを考えて動いてくれています。しかし、それは日常的に行われていることのため、「当たり前のこと」だと感じてしまいがちです。そうなってしまい、感謝の気持ちが少なくなってくると漕手のために進んでこれをやってあげよう!と思いにくくなってしまうと思います。そのため、何かしてもらったら『ありがとう』と伝えることは本当に大切だと思います。(単純に礼儀として伝えることも大切だと思います。)ただの想像にはなりますが、ありがとうの一言を言われるだけでも、言われないのに比べればマネさんの気持ちは全然良いと思います。

どんなに小さなことでもいいです。練習終わりに馬をパッて出してくれた時、オールを運んでくれた時などなど、幾らでも伝えるタイミングはあると思います。これができればよりチーム一丸となって互いに心から応援し合い、気持ち良く活動していくことができると思います。


 そして自分が大切にしたいと思っていることの2つ目は思いやりです。

思いやりって、まずは誰かが何かをやってあげる。すると、誰かに何かをやってもらったら、「この前あれしてもらったからこれやってあげよ」みたいな感じでその人に対して何かしてあげたり、「この前あれしてもらって助かったら自分も同じようにやってあげよ」みたいな感じで他の人に自分がしてもらったことと同じことをしてあげたりみたいな感じで、連鎖していくものだと考えてます。この思いやりはどんな小さなことでも良くて、『相手のことを考えて行動する』っていう部分が大切なんだと思います。

この思いやりが自然とできるようになれば、1人の人間としてもそうですし、チーム全体でもとても素敵になると思いませんか?


 こんだけ偉そうに言ってしまいましたが、自分はできてるのかと聞かれれると、正直できてます!とは自信を持っていうことはできません。だからこそ、これからの4年間で意識して行動して、こうゆうことができる人に成長できたらなと考えています。

もし共感できる方がいれば、頭の隅の隅の隅にでも置いておいてもらえると嬉しいです。

拙い文章ですが最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

コメント

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