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ここから、またひとつ強くなる

こんにちは!

100代漕手の向原巧です。


そろそろ春学期が終わりますね。何ヶ月か後に赤い文字が目に入って来ないように祈るばかりです。


1回生!単位は取れるうちに取っておいた方がいい!その方が楽!まだテストが残っているなら頑張って。


僕の春学期ですが、せっかく大学が見えるところに住んでいるのに全てオンデマンド授業を取ったので、思い出せる記憶のほとんどがボートという生活になりました。


西日本選手権、朝日レガッタ、全日本選手権、この3つの大会、というよりあの時の付きフォアの5人はとても印象に残っています。


結果が残せなくて、やり切れたレースもなく、でも間違いなく練習はたくさんしたし、これだけ頑張ってもだめかと感じました。


ゴール後の写真は全て下を向いていてとても悲しげなものばかりで笑えてくるぐらいです。


全日本選手権の時に行われていたミーティングのパワーポイントを大阪に帰って見てみると


「対校と言う割に結果を残していない」

「結果も出せてないのに偉そう」


などの結果に関する意見が特に目に入りました。全日本で負けて間もなかったので、悲しくなったし、突き放されてるようで、これが一緒にインカレ最終日を目指している組織から出てくる意見なのかって思いました。


こういう意見を否定している訳ではありません。むしろこういう意見は大切です。もちろんその部の代表として結果を出せてない、謙虚さが足りないと思わせる態度をとっていた僕たちに問題があるからです。僕も結果出せよって思います。ごめんなさい。


でも知って欲しいのは、対校クルーの結果が関西大学の結果になる、試合に出ていない人にもその結果が残るということです。ボートにはクルーがあるのでそうは考えにくいかもしれませんが、1人1人の行動が、その大学の対校クルーの結果として表れていると僕は考えます。


1人1人がゴミをちゃんとゴミ箱に捨てることができる組織の対校クルーと、まぁいいやとポイ捨てが頻繁にある組織の対校クルー

マネージャーさんが艇速を上げるために動画撮ってくれたりミーティングに入って意見出してくれる組織の対校クルーと、そうでない組織の対校クルー

それに対してお礼ができる組織の対校クルーと、当たり前だと何も感謝しない組織の対校クルー

1人1人が意識してちゃんとオールを並べて置いてある組織の対校クルーと、バラバラに置いてある組織の対校クルー

男子で言うと、漕手全員がインカレ基準タイムを切っている組織の対校クルーと、そうでない組織の対校クルー


他にもありますが信頼関係、強さ、速さ、技術、責任、競争力どれをとっても差が明確だと思います。


(個人的なんですがゼリーとかにマネージャーさんからのメッセージ書いてあったらすごい頑張れるのでまたお願いします笑。去年のインカレの時のゼリーは今もリュックにお守りとして入れてます!)


こうやって漕手、COX、マネージャー、トレーナー関係なく、自分の行動が結果に繋がると考えている組織の中から選ばれた対校クルーは、より大きな責任感を持つことができると同時に、みんなのために勝つんだ!と、苦しい勝負所でもグングン艇速を伸ばすことができる不思議な力が宿ると信じています。


対校だけではなく、他のクルーもそうです。


僕はみんなと勝ちたいです。レース終わってハイタッチしたいです。喜びたいです。みんなと騒ぎたいです。嬉し泣きしたいです。


まだインカレクルー決まっていませんが、僕が対校でなくてもそうです。


でも1人では勝てません。まずは艇庫Aの白い棚が毎練習後何もない状態にできるようみんなでやっていきましょ。約束です。勝手に約束します笑。


それができたら次、次ができたらその次、その連鎖の最後に結果がついてくるはずです。


ひとつ、またひとつ、もうひとつ、インカレまでそうやって強くなっていきましょ。


僕もまず掃除ちゃんとやります。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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