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量より質かな、やっぱり

 「量より質かな、やっぱり」

こんにちは、4回生の藤井京吾です。

監督、コーチ陣や先輩同期後輩色々お世話になり、とても勉強になりました。ブログの順番的に僕の次が遼人っていうこともあり、入部のときに僕の次に入ってきたのかな。4年前を思い出せば懐かしい。 はじめは合宿や朝飯、 試合の時の夜とかずっと一緒にいて騒いだりして怒られて、それが日常でとても充実していて。年を重ねるうちに一人一人違う思想に変わっていき、話がかみ合わないときがあったけどなんだかんだ楽しかった。まだまだ文章下手くそなんで読みにくかったら注意してください。めっちゃ話切り替わるけど、題名についてです。高校3年間、テストではクラスビリ、学年でもビリから3番目とかの自分がスポ推で運良く拾ってもらってるけど、高校より勉強ではさらに苦しんでいる。確かに普通の授業を取らずに商業や情報での資格の勉強しかしてこなかったから資格をたくさん持ってる。けど、高校のときだってすごい量の勉強してるけど一週間後には忘れていたので質では物足りなかった。大学でも入ってしまえば同じことの繰り返しで単位は落としまくり。

けど2年の頃に転機が起こった。全日本メンバーに選ばれ、あと大会まで2週間という暇さえなかった練習量とそれを超える質があった。体重も1ヶ月で90kgから84kg。毎日3食の徹底した食事管理や週4のタバタサーキット、エルゴではただ量をこなすというよりは一本からタイムを狙っていくという質メイン。乗艇でも三国2か3しかしてないのに4人の先輩たちと研究し尽くして頭がパンクしそうだった。そのおかげで決勝まで行けたのもあるし、自分の思想も変わった。けど、周りが全員そうでなきゃ結果も変わらないって思った。確かに量が一番いいっていうが質が高まっていかなければエルゴのタイムやレースでの結果は変わらない、もしくはただ疲労が溜まって落ちているかもしれない。だから僕にとってはバイトや休むこともできないくらいのことをしなきゃ結果は残せないって思った。その時の主将副将は院の勉強したり就活で色んなところ行ったりしながら練習に参加していたので、僕には程遠い憧れの存在である。

みんなに何が言いたかったというと、死物狂いで暇もなくボートのことしか考えていない生活だったら努力と結果の差は縮まるということ。


いま僕は怪我のリハビリに行きながら、バイトをして手術費用を親にあまり負担をかけずにやっています。みんなとインカレ最終日に行って桟橋で写真を撮りたかったけど、いざ練習して事故起こしても良くないので気持ちを抑えて辞めましたが、言い争って戦って幕を閉じれて楽しかったです。長くなりましたが、ありがとうございました。応援しています。

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