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みんな同じ大学生

 4回生の庵床です!

最近、夏のように暑くなってきて本格的にシーズンがきたと感じてます。ですが、熱中症や脱水症状で体調不良や練習の効率が下がってしまうので、まずは関西選手権に勝つためにしっかり水分と食事、睡眠をとれるようにしていきましょう!

 

さて、本題ですが私は高校の時に剣道部に所属しておりましたが、あまり強くなく一回戦や2回戦で敗退するような実力でした。負けた後に監督から「同じ高校生で人間だからもう少し粘れるだろ」というようなことを言われました。私は、この言葉が嫌いでした。強い人は、自分が始める前から剣道してるだろうし、元々運動神経が違うから無理だと思ってました。

でも、この部活に入ってからそんなことは言い訳にすぎないと感じました。ほとんどの人が大学から始めている競技であり、インカレや世界で活躍する人も多数います。練習に対する努力や姿勢がきちんと向いてないから自分は成長せず、ライバルとの差が縮まらないのかと思います。これらに点に関しては私は800キロ漕をやってよかったと思ってます。自分がやったことない距離でひたすらに漕ぎ、全員がインカレ最終日という目標を持って、厳しい練習でも乗り越えました。戸田勢もそれぐらいの距離を漕いでるとは思いますが、同じ大学生であり、同じ人間ですので、彼らにできて私たちができないことはありません。結局は練習に対しての努力や姿勢などの日々の小さな差がインカレ最終日行けるか行けないかの大きな差につながるのかと思います。

 

来月開催される関西選手権ですが、一橋や慶応など、インカレ最終日常連の大学も参加します。800キロで培ったものをしっかり発揮したいと思います。その時でも同じ大学生なので、元々ポテンシャルが高いというような言い訳はせず、努力や姿勢が足りなかったとして、反省して、次のインカレまでにもっと努力するように気持ちを変えていきたいと思います。有名になった人は誰よりも練習して、周りから天才と言われるまで登り詰めました。だから、私も日々の練習意識を上げ、最後のシーズンに悔いを残さないように頑張っていきたいと思います。では、皆さんまずは今年初レースである関西選手権で他校を圧倒しましょう!

 

長文ながらご精読ありがとうございました。

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