川上豪士
緊急事態宣言が出ることになり、関大は西日本、朝レを棄権することになり、冬練で積み重ねてきた練習の成果を発揮する場が遠のいてしまい、悔しいと思う人がほとんどだと思います。実際、僕も悔しいです。しかし、心のどこかで内心ホッとしている自分がいて、そんな自分がとても嫌いです。
大会2週間前から、クルー内での発熱者や部活一時停止など、様々な事情が重なり、まともに練習ができてない状態が続き、大会が間近に迫ってる中、このままエイトは大会に出るべきかどうかの話し合いをしました。1人ずつ自分の考えを言っていくなかで僕は、クルーのメンバー全員そろって練習できたことがほとんど無いまま、ほぼぶっつけ本番で大会に出ることに意味があるのかどうかと言いました。つまり大会出場に反対派です。しかし、先輩方の考えは違いました。「他のクルーが棄権しても関大の顔として俺たちは出るべきだし、ここで他のクルーと経験の差をつけようぜ」僕はこれを聞いて、軽い気持ちで出たくないと言った自分が情けなくなりました。僕は、クルーの完成度がどうとか色々言ってましたが、結局は2000m漕ぐのが怖いだけで、その不安な気持ちを遠回しに言って、先輩らが持つ「出たい」という気持ちを踏みにじっていました。そもそも誰しもが不安な気持ちは持ってるし、万全な状態でレースに臨めることなんてほぼないし、それでもレースに出ることに意味があるし、、、色々思い知らされました。
大会の出場がなくなり、皆が悔しい思いを抱えていると思います。僕も同じで、このエイトでレースに出たかったし、2000mを経験しないまま2回生になってしまうのが何より嫌でした。それでも心のどこかでレースがなくなってホッとしている自分がいます。それは多分、技術面など様々な面で自分に自信がなく、弱い自分の表れであり、こんな自分がほんとに情けなく、嫌いです。響さんの言ったように、軽い気持ちで出たくないと思ってしまった分、これからの練習本気で取り組み、強い自分になれるよう、自分を変えていきたいです。
これから部活動自粛期間に入り、何もしないと体力、筋力共に衰えていきます。ここまで頑張ってきた努力を水の泡にしないように毎日運動を欠かさず、万全の状態で練習再開できるように、この自粛期間をみんなで乗り越えましょう!
ラストブログ お疲れ様です! 4回生の池内聡介です! 同期のみんなも4年間を振り返っているので、自分も振り返っていきます。長くなってしまう予感がするので、各学年や時期で印象深いエピソードとか感じたことを抜粋して書いていきます。もう最後なので色々と書きます。あとは、みんなへのメッセージも書きます。 1回生 8月にボート部に入部しました。入部した理由は直感です。なんとなく雰囲気が良かったから、楽しそうだし、そんな感じでした笑 りやさんにボート部の説明を受けたことと、阪急淡路駅から艇庫に向かう途中に川口と出会ったことを覚えてます笑 最初の頃はボートが楽しいというよりは、同期や先輩と遊びに行ったりする方が楽しくて、それ目的でボートをしていました。正直、モチベーションは4年間の中でも低かったと思います。コロナの影響もあったからかなぁ。 2回生 インカレ前の2000ttです。モチベーション低い期でしたが、インカレには出たいという気持ちはありました。しかし、エルゴタイムは7.05 5秒足りませんでした。何回チャレンジしても、この5秒の壁は大きかったです。今までの練習への取り組みの甘さが出ました。 結局エルゴタイム切れずにオックスフォード盾レガッタに出場することになりました。そして、インカレでは同期のゆうき、こーゆー、みゆとかが戸田の大学といいレースしてて、羨ましさ、かっこよさ、自分に対する悔しさ、情けなさとか色んな感情が心の中にありました。オッ盾で勝っても負けても何も感じなかったです。それも悔しかったです。 インカレで活躍する同期を目の当たりにして、自分も来年こそは練習頑張ってインカレに出たいという思いが強くなりました。冬練を頑張ろうと思うきっかけでしたし、挫折でもありました。 3回生 3回生で、印象に残ってるのは初めて対抗に選ばれたことです。冬練で初めて7分カットして、関関戦に出ることになりました。すごく嬉しかったことを覚えています。今までの努力が報われたというか、頑張ってきてよかったと感じました。 今までは、正直、試合に出ても緊張は全くありませんでした。しかし、対抗に乗ってからは違いました。対抗は部の代表であることや勝つことへの責任がありますし、重圧もあります。試合直前のアテンションの時は震えるようになりました。 関関戦、関戦では巧さんが...
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