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おつかれす。渡辺です 


まずは主務について。

一年前、なんなら半年前までまさか選手兼主務になるとは考えたこともありませんでした。

でもやるからには選手としても主務としても両方やったとわかる結果を残そうと思います。

 

個人的には一回目なので自分について書こうと思います。

ここ最近はもう21歳なので自分ってどんな人なんやろかを感じるよう、そして考えるよう、癖づけています。

そこで何日か前、入部して間もない一回生に言われたんですが「ちゃらんぽらん、でも練習で人が変わる」です。結構よく言われます。自分でも考え方やノリすべてにおいてなんでも軽いと思います。まじめでねちねちタイプではないです。いいか悪いかは置いといて大体「ええよ」みたいになります。

ここからが本題で「人が変わる」というのも多分理由があります。自分を見つめ気づいたことに「負けず嫌い」があったからです。いままでは悔しいことがあっても一時的に思ってるだけで特にそのための行動はしなかったし気分が乗らないときは中途半端、適当に練習した時もありました。でもここ最近自分を見つめてからはそこで終わらせないようになりました。悔しいと思ったら自分なりのできる範囲でそれに対していつかは倒すための行動をするようにしています。なぜ自分がこうなったかはこの前の西日本と熱い一年生が入ってきたからです。西日本、インカレでは初めてクルーリーダーをして主体的に動き最後の最後までうるさいくらい意見を言っていたクルーをまとめることに徹しました。言い換えれば自分なりに本気でボートに費やしました。結果はまとめきれず惨敗でしたけど。とにかく最近はやるからには必ず勝つ。一人で勝っても面白くないからみんなで勝って泣くほど喜びたい。そのためにはやっぱり地方大会ではなくインカレじゃないといけない。と思っています。こんな感じで長い間ベストタイムが出ずにくすぶっている人もまずは悔しいという気持ち、大会で結果を出したいという欲、主体性、これらと忠実に向き合ってみるといいと思います。ないなら本気でしていると感じる人とエルゴとかウエイトとか練習をしたりしたらいいと思います。波長が合う、仲いい同期、とかだけでしてても成長はしません。似たような結果、タイムになるだけ。自分の場合は特におかわり(高倉)と一回生が練習をみたりコールを聞いたりして熱いものを感じます。おかわりの感じは自分と似てる(割とちゃらんぽらん笑)からかもしれんけど、一回生はとにかくいい雰囲気で練習してるから(今のまま理想タイム、倒したい先輩に牙をむき出していけば部員にいい刺激になるし急成長し続けると思う)。最後に全員がインカレに行くのを目標にしてるからこそ言いたいのは中途半端に練習してる人、何も考えずに周りと一緒に練習してる人、練習量を極端に減らす人、エルゴで戦おうとしない人、都合が悪いことから逃げる人、やる気ないときの自分、流されて考えずに練習する自分、そうゆう人はマジでダサいし勝ちたいと思っている部員に失礼だと思う。エルゴのメニューをセットする10分前、船台であいさつしてから、目先の行動から自分をいいほうに変えて目先のメニュー、最後にインカレで戦ってかっこよくなった自分の集大成を披露しよう。


こんな感じで一回目なんで自分とボートについて書きました!

コメント

  1. OBです。応援しています。

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  2. あなたの言葉にとても説得力がありました。私も逃げずに自分を見つめてみようと思いました。

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